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悲しいお知らせです。匡子さん死去…48歳でした。(追記あり)

悲しいお知らせになりました。

真央ちゃんのお母様、匡子(きょうこ)さんがお亡くなりになりました。
48歳、病名は肝硬変だったということです。

事実を伝えるニュースと、佐藤信夫コーチ、山田満知子コーチの言葉です。


浅田真央の母・匡子さん死去…9日早朝に
スポニチ 2011年12月9日 23:14

 フィギュアスケート女子の浅田真央選手(中京大)の母、匡子さんが9日早朝、肝硬変のため名古屋市内の病院で死去したとマネジメント会社が同日、発表した。今夏から病状が悪化し、入退院を繰り返していたという。48歳だった。葬儀・告別式は近親者のみで行う。

 浅田はグランプリ(GP)ファイナルの開催地・ケベックの現地時間8日早朝に容体急変の連絡を受け、欠場を決め、佐藤信夫コーチとともに帰国の途に就いた。同日午後に帰国したが、間に合わなかった。


 匡子さんは、90年に生まれた次女、真央と、長女の舞の競技生活を支え、バレエの経験も生かした技術的なアドバイスも送った。浅田は女子で高度なトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を跳べる天才少女と呼ばれ、15歳で05年グランプリ・ファイナルに初出場優勝、2度の世界選手権制覇などと世界のトップ選手に育った。

 浅田は同い年のキム・ヨナ(韓国)に敗れた昨年のバンクーバー冬季五輪で銀メダルを獲得。誰に見せたいかと問われると「お母さんです」と答え、匡子さんが一番の理解者だった。

Snap6779330.jpg



真央指導の佐藤コーチ「言葉にならない」
nikkan sports 2011年12月9日23時51分

 フィギュアスケート女子の浅田真央(中京大)の母、匡子さんが9日早朝、肝硬変のため名古屋市内の病院で死去した。

 浅田を指導する佐藤信夫コーチの話 

 何と言えばいいのか、言葉にならない。こればかりは誰も避けては通れないこと。まだまだ動揺する年齢だから、それだけが心配でかわいそう。親子二人三脚でここまできたので、ショックは大きいと思う。一日も早く乗り越えて立ち直り、お母さまの情熱、遺志を継いでほしい。



山田元コーチ、真央の母は「頑張り屋さん」
サンスポ 2011.12.10 00:38

 フィギュアスケート女子の浅田真央選手(中京大)の母、匡子さんが9日早朝、肝硬変のため名古屋市内の病院で死去したとマネジメント会社が同日、発表した。48歳だった。

 母匡子さんは体調を崩すまでは、浅田選手を幼少期から毎日のようにスケート場へ車で送迎していた。練習環境に恵まれなかった期間は氷を求めて各地のリンクを5カ所も転々とし、移動の合間に仮眠できるように車内に布団も積んでいた。世界に飛躍したグランプリ東海クラブ時代に指導した山田満知子コーチは「ママは頑張り屋さんだった」と話す。

 コーチが不在の間は拠点の中京大のリンクで練習を見守り、練習後はマッサージを買って出るなど献身的だった。国内外の試合にも付き添って開催地に足を運んだが「演技は見ていられない」と試合当日はホテルで朗報を待った。昨年のバンクーバー冬季五輪も現地のホテルでテレビ画面を見つめていた。

 しかし、昨季から応援に駆けつける姿がなくなった。浅田選手は昨季オフに自動車教習所に通って免許を取得。母を頼らず、今季は乗用車を運転して中京大での練習に通うようになっていた。

 五輪で金メダルを逃し、悔しさから涙が止まらない浅田選手に「応援してくれた方々がいる。いつまでも泣いていては駄目」と諭したのは匡子さん。競技生活に全身全霊をささげてきた浅田選手をじっと支えていた。(共同)


私はてっきり、真央ちゃんはもうお母様と再会し、
言葉を交わしているものだと思ってました。

この記事によると、亡くなったのは9日早朝。
早朝というのは午前3時から6時くらいのことでしょうか。

もしそうだとしたら、真央ちゃんが帰国の途について数時間後、
飛行機の中にいるときに息を引き取られていたことになります。
カナダから名古屋へは15時間くらいかかるというのに…。

昨日、祈る気持ちで記事を書いていたときや、
今日、落ち着かない気持ちで仕事をしていたときも、
既に匡子さんはお亡くなりになっていたということなのでしょうか。

そんな私のことはどうでもいいのですが、
真央ちゃんは飛行機の中で、それを知っていたのかな…

せめて一言でも言葉を交わすことができていたら…と思うと残念でなりません。

こういうことを言っても何も始まりませんが…

今、9日AM1:00なので、あと2時間で女子SPが始まるのです。
真央ちゃんが出場するはずだった試合です。

あと2,3日でも違っていたら、
お母さんも頑張ってるから自分も頑張る、と素晴らしい演技が見られたかもしれません。

神様、というか、運命というのはときに残酷だと思いました。

また、奇しくも私と匡子さんは同い年であることを今日知りました。
(私も今月48になります)

自分はもう生活には疲れているので、若いという意識はありませんが、
一般的には、48歳というのはまだ死を意識する年齢ではありません。
そういう意味では匡子さんは、まだまだお若いのに…
このような大病を患われていたことは、本当にお気の毒だと思います。

私は子供はいませんが、
真央ちゃんはちょうど自分の子どものような年齢なのですね。
今回のことで、ますますこれからも見守ってあげたいと思うようになりました。

真央ちゃん、舞さん、お父様、
お辛いとは思いますが、どうかこれを乗り越えていってほしいと思います。


ウェルカムパーティに出席したときの真央ちゃんとチームジャパンの選手たち
ウェルカムパーティ20111208GPF

これを書いている間に上がってきた記事です。
ごく簡単にですが、匡子さんと真央ちゃんの二人の歩みが綴られてますね。


浅田選手と母親 心一つに氷上舞い続け…
産経ニュース 2011.12.10 00:52

 誰もが浅田選手の思いが届くことを願っていた。大会開幕前の会見で、国際スケート連盟(ISU)のチンクアンタ会長は「(欠場は)残念だが、家族が一番大事」と気遣い、浅田選手は帰国、母の病床に急いだが、間に合わなかった。

 昨年2月、バンクーバー五輪で浅田選手は銀メダルを獲得した。最初にメダルを見せたい人を問われると、「お母さんです」と即答し、母娘の深い信頼関係を垣間見せた。当時19歳。母の喜ぶ顔が見たい一心で氷上を舞い続けたのかもしれない。

 匡子さんはそのとき、バンクーバー市内のホテルでテレビの前にいた。スイッチは入れられず、ひたすら勝利を祈っていたという。娘の快挙を聞くと「よくやったねと伝えたい」と号泣した。離れていても、娘と母は心を一つに戦っていた。

 浅田選手とフィギュアスケートの縁を結んだのも匡子さんだった。出会いは5歳。浅田選手にクラッシクバレエをさせたかった匡子さんが、足首などが強くなると考えてのことだった。ところが娘はリンクが大好きになった。以来、温かく成長を見守ってきた。

 浅田選手はこの夏に自動車免許を取得し、自分の運転で中京大(愛知県豊田市)のリンクに通うようになっていた。送迎してくれていた母の負担を減らそうと一念発起してのことだ。折しも氷上で復調の兆しが見えた矢先のことだった。もう母の首にメダルをかけてあげられない。(榊輝朗)

Snap6779332.jpg



匡子さんのご冥福をお祈りいたします。







実は、日本経済新聞に、2ページに渡る記事(コラム)を見つけたのですが、
私にしては珍しく、ご紹介したいとは思えないものでした。

訃報が伝えられたのとほぼ同じ時間帯に登場した記事なのですが、
まるで亡くなることがわかっていたように用意されていた感じを受けたからです。
訃報と同時にこれだけの記事を書くのは難しいと思いますし。

内容は…どうなのでしょうか。

私が神経質になりすぎているだけかもしれませんので、
自分の記事には貼り付けませんが、リンクだけにとどめておきます。
いつも浅田真央の傍らに 支え続けた母・匡子さん日本経済新聞 2011/12/9 23:42



【追記】

最近、追記ばかりですみません(汗)。
最後にリンクだけご紹介したコラムの筆者は原真子という方なのですが、
その方の記事について苦言を呈しているスポーツナビのブログを知りましたのでご紹介します。
スポーツの誘惑と憂鬱 2009年12月10日

とても長く充実した記事なのですが、
途中の「五輪の幻影に惑わされる人々」という見出し以降がそれに該当します。

匡子さんの訃報に驚いて、そのニュースを探す中で、
直感的に気持ち悪い記事だと思ったのは、
あながち間違いではなかったんだと思いたいです。



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  1. 2011/12/10(土) 02:01:13|
  2. 浅田真央ニュース|
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