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日本スケ連・審判についての山本哲士氏のブログを紹介します。

山本哲士氏のブログで、久しぶりに浅田選手に関する話題が更新されました。

山本哲士氏
img_economy_mr_yamamoto.jpg

以前ご紹介した記事では、「浅田真央の純粋性」について書かれてましたが、
今回は、浅田選手を取り巻く状況について山本氏なりの考察、提案がなされています。

全てが共感というわけではありませんが、大半共感を持って拝見しました。

・審判の墜落
・日本フィギュア協会の頼りなさ

私自身漠然と感じていたこのようなことが書かれていました。

共感した部分を、抜粋させていただきます。
→ ホスピタリティの場所【山本哲士公式ブログ】浅田真央の地平:真の固有さを表出させる戦略へ

ホスピタリティの場所【山本哲士公式ブログ】 より一部引用

浅田真央の地平:真の固有さを表出させる戦略へ




だが、それは、また新たな次元への混沌のはじまりであったというより、審判界の堕落へとどうもきている。




しかし、真央はそういう場に無い。点数を審判にこびてかせごうというものより、自らによる自らへの挑戦の方へとかけている、自己技術としてはそうだ、しかし、総包囲網状態で、真央の場が成立しないように基準作りをしているようにみえる。そこをこえる戦略が無い。




だが、女子フィギュアにおいて、真央は真央しかいない。真央ひとりしかできない。真央は、こういうこざかしい、いやらしい戦略に勝つ戦略をもたないと、つまり、規準にあてはまらない閾を完成させ、さらに越え、規準自体を変えていく戦略をもたないと、この愚かな事態を突破できない。それは、総合戦略になる、ということなのだ。フィギュア界自体を変えていく、戦略である。いまの規準に認められる戦術におちてはならない、ということだ。




だが、他方で、審判の堕落ははじまっていた。バンクーバーで、ひとつの決着がなされ、トリノ世界選手権でもうひとつの決着がなされた、それはそれでいい、もうすぎたことだ。新たな戦いが、しかし、まだはじまっていないどころか、総じて、審判団が落ちてしまった事態が、どうにも不快である。




そういう戦略を、日本のフィギュア協会が、たてきれていないなさけなさがあるということなのだ。




自国の卓越した選手の場を世界において作っていく事がなしえない、だらしないさまだ。最低限、審判団にははいれということ、これほど、一流選手たちをたくさん輩出しているのになにをしているのかである。男子も女子も金銀銅を総なめするかもしれない、と実際ありうるだけの水準現実であるのに、願望だけで、ぼうっとなにもせず無能でいる。




真央は真央であればいい、しかし、真央が真央自体になれる戦略が、真央においてまだとられていない。真央のまっすぐの意地と強気だけでは、ここは突破できない。




日本にいては、真央は真央になりえない、「真央」になってほしい。世界の女王として、君臨してほしい、その美と純粋さとダイナミズムは、世界の誇りとなりうるのだから。審査基準など、すっとばす、超越したフィギュアの、あまりにもの美しくダイナミックな演技を、わたしたちはみたい、それは、真央自身にも負荷ではない、真央ならなしうる、真央しかしえない閾にある世界だ。




もう、次の挑戦が始まっているのだろうが、どうも戦略が構成されているようにはみえない、もったいないどころか、世界の損失である。真央、世界へはばたけ、日本を脱出せよ、中京大学レベルの知などは、さして意味はない。知においても、世界線にたつことだ。真央が真央である環境が、日本にあるとは思えない。ソチは、ロシアなのだから、ロシア側から、戦略をたてていくことだ、真央戦略の固有の構築である。


最後の、「日本を脱出せよ」というところは、素直に「そうだ」とは言えません。
それは単純に同じ日本人として、日本人の誇りである浅田選手が日本代表でなくなることが寂しい、
という、ファンとしての自分勝手な思いがあるからだと自覚してます(;^_^A

ただ、確かに今の状況のままでは、浅田選手は辛いかもしれません。

山本氏のおっしゃる通り、審判は公平な採点をしているとは思えません。
また、日本スケート連盟も、日本の選手を守ってくれているとは思えません。

228.56という点数に対し、「記録は記録として残るので」それを超えたいと言った浅田選手。
この、どう考えても無謀な挑戦に挑んでる浅田選手を思うと胸が痛いです。

ルールや採点結果に対して、一切不平を言わない浅田選手。
結果が期待に及ばなくても、自分への課題として受け止め、さらに高みを目指す。

たとえばある選手は、審判の判定に疑問があれば、自分でも不満を口に出来るし、
コーチも便乗して審判に直接抗議をしてくれます。
そして実際に、それ以降その選手への判定は確実に甘くなりました。

さらにその選手・コーチは定期的に審判とミーティングをして戦略を練ることもしています。

浅田選手の周りには、そういう「審判へ抗議」したり「審判と戦略を練ったり」できる人がいません。
まぁ、「審判と戦略を練る」のは、選手と審判との関係において健康的とは思えませんが、
納得いかない審判に疑問を投げかけるくらいはしてもいいと思うのです。

これまでに、どう見ても跳べているのに認定されなかった3Aがいくつあったことか…。

浅田選手自身、解説者、ファンの中では認定されてる3Aが、
審判にだけ認定されず、日本スケ連も抗議をしません。
それ以前に日本スケ連はそういう問題に気づいてもいないのでしょうか。

そして解説者やファンのやきもきした気持ちをよそに、
浅田選手は文句も言わず、「今度こそ」と練習に練習を重ねているのです。
これでは身体が持たないのではないでしょうか…。

そうやって、いろいろ考えていると、
「世界へはばたけ」という和田氏の言葉の意味も、なんとなくわかる気がします。

ただ、やっぱり浅田選手には日本にいてほしい気持ちはありますけどね。

日本スケ連、もっとしっかりしてくれ!と言いたいです。

20100301_1605777.jpg



山本氏の以前紹介した記事を今回改めて読み直して、感動が蘇りました。
一部再掲します。この記事は全文共感しまくりでした(笑)

詳しくは過去記事へ→ 浅田真央の金を願った芸術家たち2/2 芸術家・学者


浅田真央の存在は、他のスポーツ選手たちと何かが根源的に違う。
(石川遼にもある種共通しているものではある。)

19歳の少女が、子どもとか大人とかという識別をこえ、プロとかアマチュアとかの識別をこえ、
またスポーツ固有の勝った負けたという決着区別をこえ、
存在行為そのものがある水準をこえてしまっている。

そして、性格がいい、素直だ、礼儀正しい、かわいらしい、明るい、精一杯やっている、一途だ、好感がもてる、見ていて心地いい、爽やかだ、・・・人としてポジティブなあらゆる要素を具象している稀有な存在である。

純粋性が具現しえている。
純粋性という、ほとんどありえないことがありえている。
しかも、世界一を競うという水準において。

(中略)

負けた悔しさの涙ではない、自分が自分へはたしえなかった悔しさ、
純粋な悔しさだ。負けん気のいやらしさもまったくない。

エモヤンが、一流のスポーツ選手は国の財産だといっていたが、
そのとおり、だが真央は世界の財産、宝である。
これからの4年間、当人はくるしい鍛錬の日々であろうが、
またフィギュアを楽しめる真央でもある、わたしたちは、4年間また感動し続けることになる。


真央ちゃん



<追記>
本文中、「山本氏」が「和田氏」と謝っていた部分がありましたので訂正しました。
大変失礼いたしました。
ご指摘くださった方、ありがとうございました。



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私は浅田選手が現役で活躍できる間に、
浅田選手がきちんと報われて欲しい思いから入会しました。

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  1. 2011/06/03(金) 00:41:49|
  2. 浅田真央を取り巻く環境|
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