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『浅田真央 さらなる高みへ』&ロシア開催に向けて日本選手のコメント


ご訪問ありがとうございます<(_ _*)>”

世界選手権が終わるまで、3/1に書いた記事のリンクをここに貼りたいと思います。
3/1の記事はこちらです→イ・ジヒに続く疑惑審判コ・ソンフィの発言に怒り心頭

ひとりでも多くの方にこの発言を知っていただければと思いますので、
読まれたことのない方、お時間の許す方は、ご覧いただければ幸いです。

※韓国語がわからないため、某掲示板で訳されていたものを使わせていただいてます。
 もし誤訳があれば、お手数ですが拍手のところでコメントでお知らせくださいm(_ _;)m




2/28発売された「浅田真央 さらなる高みへ」からちょうどひと月。
今日のニュースにこの本の紹介記事がありました。

実は私はまだ読んでいないのですが、この記事だけでも共感してしまいます。
中盤で書かれている「幾多の災難」というのは、大部分で某国が絡んでいる気がします。
例えばそれがなければ、浅田選手の道のりは違ったものになっていたのでしょうか…。


『浅田真央 さらなる高みへ』 吉田順著
琉球新報 2011/03/28

苦難を糧にした成長の軌跡

 天才というだけならほかにもいる。しかし浅田真央には「この子、大丈夫か?」と思うくらい、何か途方もなく純粋なもの、一途なものを感じて、どうにも目が離せなかった。

 誕生から昨年末の全日本選手権まで、究極のフィギュアスケーターを目指して彼女が歩んできた道を当人や家族、コーチらへのインタビューを基にたどる。

 驚いた。まるで『ガラスの仮面』の北島マヤだ。世界ジュニア選手権に初出場で初優勝した天才少女は快進撃を続ける。だが幾多の災難が降りかかる。スケート靴の紛失、外国人コーチの離反、得意技を封じ込むかのごとき採点ルールの変更、足首のけが。

 だが彼女はいじけないし、あきらめない。「成功しても失敗しても、すべて自分で引き受ける。言い訳は絶対しない」。問題は周りではない。ただ自分で納得のいく演技ができるかどうかだ。それゆえに彼女が味わった喜怒哀楽や、苦難を糧に成長する姿を本書はまっすぐに追いかける。

 バンクーバー五輪で暗い、重いと不評だったフリープログラム曲「鐘」を選んだのは浅田自身だった。帝政ロシア崩壊時の民衆の怒りと嘆きが込められた曲に、彼女は自分に必要な「人間の力強さ」を見いだした。

 それから続く長いスランプと、五輪で流した涙を私たちは知っている。氷上で何度転んでも、立ち上がっては全力で滑る姿も。

 3月、東京で予定された世界選手権は震災のため延期された。力強い復活の姿を見ることができるのは、もう少し先だ。

 (学研教育出版 1300円+税)=片岡義博

(共同通信)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)

      Snap1216.jpg      Snap1224.jpg


そして遅ればせながら、この本の出版社・学研様の「メイキング・ブログvol.1~vol.6」を…。
以下、「学研教育出版・広報ブログ」から引用させていただきました。



【特集】浅田真央 さらなる高みへ「メイキング・ブログ」

vol.1 執筆者を誰にすべきか。

真央さんのマネジメント担当のWさんと
最初の段階からの話で、
これについては、かなりつめた。

真央さん、そして、
マネジメントを担当するWさんの希望としては、
「アスリートとしての浅田真央」を描いてほしいとのこと。

この点は合致している。

競技としてのフィギュアスケート。
世界のトップアスリートとしての浅田真央。

どう描くか。
そして、だれに描いてもらうのがベストなのか。

さまざまなアイデアが頭を巡った。
ただし、書き手については、迷いがなかった。

あの人だ。

無名ではある。

しかし、文章も書けて、物語の構成力もある。

なにしろ今回は、ひとりの人間が生まれてから
20歳になるまでを描かなければならない。
構成力がなければ、とても書ききれないだろう。

自身に演技者としても経験もあるため、
「演じる」ということを描くのに適しているはずだ。

脚本作家や構成作家としての経験もあり、
筆力も卓越している。

何よりも、人間の奥底にあるものを見つけ出して
本質を描くことにたけている。

あえて懸念をあげるとしたら、
世間に名の知れた人ではないということと、
それまでに、フィギュアスケートについても、
「浅田真央」についても、書いたことがないという点だった。

ただ、重要なのは、あまたの情報を
流れをもった物語として構成していく力。

間違いなく、だいじょうぶだろう。あの人なら。

Wさんには、その書き手についてのことを率直に話をして、
了解をもらえた。

了解を得られたところで
三つのお願いをした。

真央さん本人とその家族、
そして、コーチや周囲の人たちへの取材に
取材をさせていただくこと。

原稿には、必ず本人も目を通してもらうこと。

そして、だめだと思ったこと、
事実と違うことがあれば、
必ず、そうと言ってくれること。

いずれも当たり前のことだけど、
三つ目が、意外となおざりになってしまうケースがある。

本の怖さは、形として半永久的に残ること。

描かれる側は、生身の、いま生きている人間である。

だから、三つ目の作業を
時間の不足やお互いの遠慮で、スキのあるものになってしまうと
取り返しがつかないことがありえる。

それはお互いにとって、望ましくないことだ。

だからあえて、それはちゃんと事前に確認したかった。

Wさんは、ひとこと、わかりましたと言ってくれた。

バンクーバー・オリンピックを目前に控えた2010年2月、
浅田真央の20年間を描く、ノンフィクション企画は
スタートした。    

Snap1217.jpg



vol.2 「パイロット版原稿」 いきすぎた描写。

パイロット版原稿とは、本の書き始めにあたって、
文章のテイストを確認しあうための、
最初の試し原稿のことである。

バンクーバーオリンピックが終わって1週間後、
吉田さんから メールで、パイロット原稿がきた。

バンクーバーでの演技を見て、
そこから読み取れる思いを
文章にしてみました、と。

そこには、原稿用紙に換算して5枚ほどの分量で
フリーの「モクスワの鐘」の4分間が描かれていた。

フィギュアの演技を、たった4分間を、
こんな分量でもって、そして、これだけの感情溢れる描写でできるのか。

驚いた。

しかし、過剰過ぎる。

そこに描かれているのは、
マッチョで猛々しい魂をもったアスリートである。

ミスタッチとはいえ、リンクがリングになってしまっている。

これじゃ、格闘技だ。

率直にその旨を伝えて、
吉田さんに原稿を手直ししてもらった。

手直しをした原稿を、
情報は、映像で見た演技のみ。
あとは、吉田さんのイマジネーションで書きましたと
断りを入れたうえで、
マネジメント担当のWさんに、原稿を送った。

いわゆるパイロット版として原稿だったが、
Wさんは、笑いながら、感想を伝えてくれた。

ぜんぜ~ん、違います!

いわゆるがっちがちのアスリートっていうのとも違うんですよ。真央って。
まぁ一度、会っていただくのが一番だと思います。

今度真央が東京に出てくるときに、
スケジュールを出しますので、
「実物」と話してみてください。

それが早いと思います。



vol.3 このシーンは必見。

このシーンは、
お姉さんの舞さんからきいたエピソードをもとに
描かれました。

バンクーバー・オリンピックへの切符をかけた
2009年全日本選手権直前のシーンです。


極度の不調に陥っていた真央さんに
舞さんがかけた言葉。寄せた思い。

インタビュー中に感動的で涙ぐみました。

この姉妹愛があったから、
あの2009年全日本選手権の優勝、
つまり、オリンピックへの出場権獲得、
そして銀メダルがあったのだなと思います。

振り返ってみると、
舞さんへのインタビューで、 
はじめましてのあいさつのあと、
舞さんはこう言いました。


真央のことですよね。

真央のことなら、何でもきいてください。

何でも話しますから。


この言葉に、妹真央さんへの愛情と信頼。
そして、姉妹の強いきずなを感じました。

物語でも一部触れられていますが、
姉妹で同じフィギュアという世界で生きていくというのは
舞さんにとって、つらいこともたくさんあったそうです。

しかし、舞さんは、それを乗り越えた。

乗り越えて、きずなを深めてきたからこその
インタビュー前の、あの言葉なんだと思います。


さて、そのシーンですが、
実は、今回の物語づくりにあたって、
一番最初の段階に作成されました。

舞さんへのインタビュー後、
このシーンは書き手の吉田さんが
いっきに書き上げてきてくれました。

内容の出来もとてもよかった。

さらには、物語全体の核を成せるだけの強さも
持っていた。

だから、このシーンを物語のゴールに、
「逆算」しながら、
物語をつくりあげていくという形にも
なっていきました。



vol.4 ライバル構図。

Snap1221.jpg

真央さんへの最初のインタビューに備えて、
また、物語をどうつくっていくかの打ち合わせを兼ねて
吉田さんとオフィス内でミーティングを行った。

物語のプロットの方向性を定めること。
それはすなわち、
これから何をどう聞いていくかということにも
つながっていく。

物語づくりに軸を与える古典的な手法に
ライバル構図というものがある。

明と暗。

正と邪。

この二項対立による物語の構成は、
物語にわかりやすさを与える。

メディアでスポーツをとりあげるとき、
よく使う、ステレオタイプな構成だ。

わかりやすさ優先であれば
効果的な手法である。

吉田さんに投げかけると、
吉田さんは、う~ん、とつぶやいて、
即答しなかった。

そうは感じませんね…。
わかりやすさを求めたいのはよくわかります。
しかし、違和感を覚えます。ライバル構図には…。


結局、これにはすぐに結論が出ないままに、
資料読み込みの作業に移った。

資料読み込み作業とは、
これまで世に出ている書籍や雑誌、新聞の記事。
それをすべて時系列に読み込んでいく作業だ。

吉田さんは驚くべきことに、
それらの文字資料をすべて打ち込んで
ひとつのワードファイルにまとめてきてくれた。

数百枚に及ぶ、恐るべき分量。

その資料を前に、圧倒されていると、
吉田さんは、決然と言った

これをこれから、
すべて読み合わせしましょう。

読み合わせは、黙読ではない。声に出しての読み合わせである。
しかも、大音声(だいおんじょう)での、読み合わせ。

なぜ音読なのか。
なぜ大声なのか。
いつから、私は、俳優養成学校に入ったか。

読み合わせは、午前2時すぎまでつづいた。

そこからディスカッションをはじめる。

どこに物語の核をもってくるか。
不足している情報は何か。

2時間ほどのディスカッションのあと、
再び、ライバル構図の話題になった。

夜が白みはじめていた。
朦朧とした頭ではあったが、
そのときにはもう答えが見えていた。

ライバル構造は
ありえない。

彼女は、人と自分とを決して比べない。

あの人に勝ちたいとか、
あの人さえいなければといった感情をいっさい抱かない。

彼女が向き合ってきたのは自分自身、
そして白いリンクだけだ。

物語にライバル構図を入れ込むことは、できなくはない。
しかし、それは今回については偽りとなる。
虚構は、目指すところではない。

吉田さん、ライバル構図は、やめましょう。

そう言うと、吉田さんは、納得の微笑みを浮かべてうなずいた。

そうですね。
わたしもそう確信しました。

わたしたちが描くのは、
「真実」だけにしましょう。

Snap1219.jpg

Snap1220.jpg



vol.5 最初のインタビュー。

Snap1221.jpg

都内、某ホテル。
窓の遠景に、建設途中のスカイツリーが見えた。

取材場所は、ホテルの一室。

緊張加減にあいさつをすませ、
菓子折りを渡す。

わぁ、ありがとうございます!
いま、食べましょ、食べましょ!

そのひと言で、一気に空気がなごんだ。

こちらが緊張加減だったのを
気づいてか気づかないでか、
包み込むような、穏やかな雰囲気で
わたしたちを迎えてくれた。

インタビューは、
バンクーバー後のオフの話から入った。

17年ぶりに家族と行ったハワイ。
ウミガメと泳いだ沖縄の海。
映画や本にもっと触れて
感性を磨いたいと思っていること。

その日のインタビューの中心テーマである、
バンクーバーでのことに話題が移った。

吉田さんは立ち上がる。

身振り手振りで真央さんの演技を再現しながら、
場面場面の心情を聞いていく。

狙いは、演技中のリアルな描写のためである。

演技をどう描くのかが
今回の本の重要なポイントの一つであった。


――――――――――――――――――–
浅田
 「こうやって(位置に)立つんですよ。この時は普通だったんですけど、こっちに立ったとたんに、心臓が」
吉田
 「鳴ってた!」
浅田
 「ドクン、ドクン、としてて、『うわあ、自分、やばい』って思って。正直、最初出遅れたんですよ、いつもより」
吉田
 「え!?」
浅田
 「(曲を歌って)ダーン、いつもはこうなんですけど(「ダ」でのけぞり)、ダアーン(「ア」でのけぞり)になっちゃって。
 こうやって、ドクン、ドクンってしてたんで、ああどうしようやばい、あ、鳴った、出なきゃって。
 で、出たんですけど、そこで、『あ、よかったここで失敗しといたから』って思えたんですよ」
吉田
 「なるほど、言われてみればそんな気もしないでもなかったです」
浅田
 「だからちょっと、ひやっとしました。心臓が痛かったんですよ、あの時」
吉田
 「痛かった……痛いくらいドクドクなってた……」
浅田
 「あれでちょっとびっくりしました」
――――――――――――――――――–


2時間ほどで、最初のインタビューは終わり、
その後、吉田さんと喫茶店で話をした。

吉田さん、いいインタビューになりましたね。
そもそもその空気をつくってくれたのは、
真央さんの持つ、人を安心させるような雰囲気でしたけどね。

そうですね。
そして、確かに、
「マッチョで猛々しい雰囲気」とは程遠い。

自然体。やわらかい。そして、ピュアでまっすぐ。
どうしてあんな子が生まれて、そして、今日まで、
ああしたままでいられるんでしょう。

はじめ、20年を描くのは長すぎるかもしれないとも思ったんです。
しかし、これはやはり、「誕生」から描き、
そのなぜに向かい合わないと、
答えは導き出せないでしょうね。

やっぱり、「誕生から」ですね。

そうですね。異論はありません。



◆メイキングのメイキング
このvol.5は非常に緊張しました。
そして、時間がかかってしまいました。
vol.1の頃と違い、このメイキングブログを見ていただいている方が、
とんでもない数になっていたこともありましたし、
なにしろ、ご本人登場の回でもあったからです。
(Wさん、お忙しいなか、原稿のチェックをありがとうございます)

このvol.5で伝えたかったのは、
真央さんのまっすぐでピュアな姿に触れて、
20年間を描くことへの決意を新たにしたことと
演技中の描写を試みたということでした。
そして、もうひとつは、
インタビューの内容がどう物語に組み込まれたか。
そのビフォーアフターを一部だけでも
お伝えしたかったというのがあります。



vol.6  リアリティを求めて。 ①「氷上体験」

Snap1222.jpg

都内、某所。

吉田さんとわたしは、リンクの上にいた。

フィギュアスケートを描く以上、
実際にリンクの上での感覚を、改めて知る必要がある
というわけである。

真央さんがリンクで感じている風やスピード感、
目にしている風景を、リアリティのあるものとして
読者に届けたい。

そんな吉田さんの情熱に引っ張られ、
リンクにやって来た。

しかし、わたしは、ほとんどスケート未体験。
最初は立つだけで精いっぱいだった。

吉田さんのほうはというと、
すいすいとリンクを周回し始めていた。

その周回コースのなかでは、
フィギュアスケート教室が開かれていた。

色とりどりの衣装を着た、
小学校中学年くらいの女の子や男の子が
軽やかに滑り、高らかに跳んでいた。

こんな小ちゃな子たちがすごい。

それにしても、一般客と混じっての練習とは。
聞いてはいたが、実際に見て改めて驚いた。

休憩を挟みながらの2時間ほどの氷上体験のあと、
リンク内のショップの店員さんに
スケート靴や衣装についていろいろと話を聞いた。

このとき見聞きした知識は、
のちに小塚コーチへの取材時に役立つことになる。


ちなみに、この氷上体験のあと、吉田さんは、
真央さんが情熱を傾けているフィギュアスケートとは何か。
それを頭だけでなく、心と体でもわかりたいという気持ちがさらに膨らみ、
人づてに、フィギュアスケートの元女子選手に
個人レッスンをお願いしたそうです。




フィギュアスケート関連で私が持ってる本はまだ1冊( _ _ )..........o
(ちなみに「フィギュアスケート日本女子ファンブック2010」)

もっぱらインターネットから情報を仕入れてきましたが、
真央ちゃん関連の本は軒並み評判がいいし、ニュースより、より真実に近そうなので、
一冊ずつ読んでいってみたいなぁ、と思っています。

世界選手権のロシアでの代替開催も決まり、
IMGのHPでは、所属している安藤選手、浅田選手、小塚選手のコメントが掲載されました。


世界フィギュア開催決定を受けての選手のコメント

ISUより世界フィギュアスケート選手権大会が、2011年4月24日~5月1日にロシア(モスクワ)にて
開催されることが発表になりました。それに伴う各選手のコメントを掲載します。

安藤美姫(トヨタ自動車)
「このたび日本での世界選手権の開催が中止されたことについて、大変残念に思いますが、
急遽大会の開催を引き受けてくださったロシア連盟の関係者の方々に感謝するとともに、
今は、大会に向けて、気持ちを切らすことなく日々練習していこうという思いです。
今シーズン積み重ねてきた、今の自分にできるベストの演技を世界中のみなさんに見ていただけるよう、
大会に向けて準備をしていきたいと思います。
たくさんの方々の前向きな姿や笑顔に私自身も奮い立たせられ、大会までの日々を大切に過ごして
いきたいという気持ちでいっぱいです。」

浅田真央(中京大学)
「今、日本はとても大変な状況の時ですが、世界選手権の開催が決定しましたので、日本代表選手として、
自分の力を出し切る目標を持って頑張ります。一日も早い被災地の復興を願っています。
そして、日本に元気を与えられる様な良い演技をしたいと思います。」

小塚崇彦(トヨタ自動車)
「色々と自分には何ができるか考えていましたが、世界選手権がロシアで開催される事になり、
また、残りの一ヶ月間、しっかりと準備していきたいと思います。」


選手として精一杯練習にまい進すると誓う日本の選手達です。
さらにこの方のニュースも。


キム・ヨナが4月延期の世界フィギュア出場を表明
スポニチ 2011年3月25日 21:08

フィギュアスケート女子のバンクーバー冬季五輪金メダリスト、キム・ヨナ(韓国)が25日、東日本大震災の影響で開催地がモスクワに変更された世界選手権(4月24日開幕)に出場すると表明した。

 東京での開催中止を受け、平昌の2018年冬季五輪招致に協力するため韓国に帰国しているキム・ヨナは、マネジメント会社を通じて「2週間ほど練習していない。最高の状態に戻せるかどうかは分からないけど、世界選手権までは練習に集中する」とコメントした。練習拠点の米ロサンゼルスには戻らず、米国人コーチをソウルに呼び寄せて調整するという。


キムヨナもこうやって4月の世界選手権へ出場意向を示してますね。

世界選手権の延期が決まった直後には、

  「5月でも10月でも準備できない」

と発言し、優先順位としては

   平昌五輪招致活動 > キムヨナショー > 世界選手権

であるかのようなニュアンスでした。

思いがけず開催が早くなったため、出場するようにしたんでしょうね。
そして世界選手権が終わるまでは、平昌五輪招致活動はセーブするとも聞きました。

「2週間ほど練習していない」とのことですが、
仮にも現役アマチュアスポーツ選手であるなら、今後はぜひ練習に集中してほしいです。

ちなみに、ロシアでの開催が発表された3/24は、
キムヨナは平昌のアルペンスキージャンプ場を訪問していたそうです。

それにしても、退屈そうな顔の写真ばかり出回ってますが、招致の顔としてOK?

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3月20日、韓国入国後の記者会見での表情
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どんな選手でも、たくさんの写真の中に変な顔が混じることがあります。
新聞社やサイトによって違いはありますが、せいぜい1~2枚くらいではないでしょうか。

それが、キムヨナについては、どういうわけか↑のような表情のものがゴロゴロ転がっています。
もちろん可愛らしい写真もありますが…。

もしかして写真を選ぶ人もアンチ…?

それにしても、最近改めて思うのですが、
世界選手権には100人を超える選手が出場するというのに、たったひとりの選手についてだけ
「エントリーした」「出場する」「出場しないかも」「来日する」「韓国へ帰国した」
といちいち報道するのっておかしいですよね…ここは日本なのに。

また、日本選手を取り上げるにしても、薄々恣意的なものを感じています。
選手によってマスコミの取り上げ回数もコメントの切り取り方も写真の入れ方も…。

そしてこれは、フィギュアスケートに限ったことではなく、
この国の政府も同類であることを知りました。

日本中の報道が偏ってしまっていますね。

これについては後日まとめたいと思います。

…すみません。最後は愚痴ばかりになってしまいました。

お清めに真央ちゃんを(ノ´∀`)ノドゥゾォ+.☆゚+.☆

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真央ちゃん?

今日は、少し憂いのある、でも清らかな表情の写真を集めてみました(笑)


P.S.最近会社が繁忙期のため、あまり更新できてません。
  書きたいことは山ほどあって、うずうずしておりますが(笑)
  

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  1. 2011/03/29(火) 03:16:26|
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