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よかったですね…9日ぶりにおばあちゃんとお孫さんが救出されました。

asahi.com第一報

9日ぶり救出 倒壊家屋から80歳女性と孫 宮城・石巻
asahi.com 2011年3月20日21時31分

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 20日午後4時ごろ、宮城県石巻市門脇町2丁目で、倒壊した家屋に男女2人がいるのを、周辺を捜索していた警察官が発見した。県警からの連絡を受けた消防のレスキュー隊とともに男女を救出。いずれも意識があり、ヘリコプターで市内の石巻赤十字病院に搬送された。

 県警によると、助け出されたのは阿部寿美(すみ)さん(80)と孫で高校1年の任(じん)さん(16)。大地震発生から発見まで丸9日、217時間たっていた。病院によると、寿美さんは軽い脱水症状がみられた。また、任さんは足がはれ、軽い凍傷の疑いもあるという。

 救出された2人は「2階の台所でご飯を食べていた。津波で2階まで浸水した。食器棚などが倒れ、狭いスペースにいた」と話しているという。冷蔵庫の中にあったヨーグルトやコーラ、牛乳、水を口にしながら過ごした。ぬれていない毛布にくるまっていたという。

 家族の説明によると、任さんは仙台市で父親と暮らしているが、試験休みで石巻市の寿美さん方に来ていた。

 地震のあった翌日には、任さんは家族と50秒ほど、携帯電話で話していた。家族が捜しに行ったが、津波のため、家がもともとあった場所になかったという。家族が捜索願を出したが、家屋が数十メートル離れた場所に津波で流されていたことが、捜索が遅れた原因とみられる。

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 2人が発見されたのは、JR石巻駅から南に約1.5キロ。旧北上川沿いで河口側のほとんどの家屋が津波で倒壊していた。家屋の方から「助けて」という声を聞いた警察官が、屋根の上にいた任さんを見つけた。任さんから「おばあちゃんが中にいる」と聞いた警察官が家屋内を捜索すると、寿美さんがいたという。任さんががれきを取り除いて屋根に出たのは、この日が初めてだったという。

 仙台管区気象台によると、石巻市から約50キロの仙台市の最低気温は17日に平年より3.2度低い零下2.7度、18日も平年より4.7度低い零下4.1度を記録。平年より厳しく冷え込んでいた。

 宮城県災害対策本部によると、石巻市の今回の地震被害は、死者1826人、行方不明者1472人。3万9219人が避難している。


asahi.com続報

屋根にしがみつきSOS、届いた 石巻9日ぶり救出
asahi.com 2011年3月21日9時3分

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 寒さに震えながら振り絞ったSOSが、届いた。地震発生から10日目。宮城県石巻市で倒壊家屋から救出された祖母と孫は、がれきの下で励まし合いながら、助けを待っていた。辺りは暗くなろうとしていた。県警石巻署員4人が不明者を捜索中、崩れて平屋建てのようになった2階建ての家から声が聞こえた。

 「たすけてー」。がれきに囲まれ、阿部任(じん)さん(16)が屋根にしがみついていた。ジャージー姿。体にはバスタオルを何重にも巻き付けていた。靴も履いていない。「家の中に動けなくなったばあちゃんがいます。助けてください。80歳です」署員ががれきをかいくぐっていくと、倒れたクローゼットの上に布団にくるまった祖母の寿美(すみ)さん(80)がいた。そばには冷蔵庫やテーブルがあった。署員と目が合うと「よかった」と言って、涙を流した。足が悪くて動けなかったという。

 寿美さんは軽度の脱水症状がみられる程度だが、任さんは顔や足にけがをしていた。署員が持っていたお菓子を差し出すと、任さんはほおばって食べた。カイロを渡し、カッパをかけると、ようやくほっとした表情になった。

 2人が搬送された病院で会見した任さんの父の明(あきら)さん(57)らによると、地震発生翌日の12日、寿美さんの携帯電話に、任さんの兄から着信があった。任さんは「うちはつぶれたけど2階の台所にいて無事だ」と兄に伝えた。その情報を元に家族で捜したが、家そのものが津波で流されてどこにあるかわからず、携帯もつながらなくなった。

 地震発生から3日目、任さんが隣の部屋から毛布を取ってきて2人で毛布や布団にくるまっていた。近くにある冷蔵庫から食材を取り出し、空腹をしのいだ。20日、任さんが屋根裏を破って屋根に乗ったことが、9日ぶりの救出につながった。

 救出後、明さんが「よく頑張ってくれた」と声をかけると、2人とも「頑張った」という表情をしたという。明さんは「必ず生きていると信じていた。助けていただき、非常にうれしい。あきらめないとは偉大なことだというメッセージになる」と話した。任さんの友人は「すごく心配していた。任君は体力があり、体調が悪い友だちがいると声をかけてくれる優しいやつ。とにかく無事でよかった」と喜んだ。

 治療にあたった石巻赤十字病院の小林道生医師は「2人とも元気。奇跡的に食料がとれる状態で、毛布で寒さをしのげたことや、2人で励まし合えたことがよかった」と話した。2人が寝ていた枕元には、パンや焼きのり、冷凍たこ焼きの容器が散らばっていた。

 震災の発生から21日で10日。捜索活動はどうなっているのか。警察幹部は「壊れた家の隙間やがれきの下に必ず生存者はいる。何日たとうが関係ない」と話す。ヘリコプターが被災地の上空を回り、人影を探す。陸では、がれきをそっとはがして、声やせきの音が聞こえないか耳を澄ます。そんな活動が20日の2人救出につながったという。被災地に入った全国の消防隊員はピーク時の約5千人から、現在は約4500人に。総務省消防庁も「いつまでになるかはわからないが、現地にいる限り救助活動は続ける」としている。

 その一方で、発生1週間の18日を境に、被災者支援に軸足を移す向きもある。

 岩手県は18日、自衛隊、消防、警察などが行方不明者を一斉に捜索する「ローラー作戦」を実施した。これ以降について、県幹部は「避難者支援に軸足を移す」。自衛隊の部隊の指揮官である君塚栄治陸将も同日の会見で「行方不明者の捜索を継続しつつ、活動の重点を人命救助から生活支援を主体とした復旧活動に徐々に移す」と述べた。


時事ドットコム第一報

80歳女性と孫救出=震災10日目、倒壊家屋から-「少しずつ食べた」-宮城・石巻
時事ドットコム 2011/03/20-23:17

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 20日午後4時ごろ、宮城県石巻市門脇町で、倒壊した木造2階建て住宅から、この家に住む阿部寿美さん(80)と孫の高校1年任さん(16)が県警石巻署員らに救出された。東日本大震災から10日目。任さんは同署に対し、「地震直後から閉じ込められた。少しずつ食べて過ごした」と話した。2人は同市の石巻赤十字病院に警察のヘリコプターで搬送された。寿美さんは軽度の脱水症状で、任さんは左足の軽い凍傷とみられるという。
 同署によると、寿美さんは倒壊した家屋の中で、倒れたクローゼットの上に布団にくるまり、足を伸ばした状態で座っていた。任さんはがれきとなった住宅の屋根にしがみついていた。石巻署員が付近で行方不明者の捜索中、救助を求める声がしたため、付近を捜したところ、屋根の上にいる任さんを見つけた。任さんが「家の中に人がいる」と訴え、同署員と消防レスキュー隊が寿美さんを見つけた。
 2人を治療した同病院救命救急センターの小林道生副センター長によると、寿美さんと任さんは11日午後、2階の台所で食事中、地震と津波に遭った。家屋が崩れ、冷蔵庫などが倒れたが、中に狭い空間があり、20日まで過ごした。
 2人は冷蔵庫や台所にあったヨーグルトやコーラ、水などでしのいだ。地震後3日目の13日ごろから、任さんは隣の部屋のぬれていなかった毛布を取り出し、2人で寒さに耐えたという。小林副センター長は「近くに食べ物と水分、寒さをしのぐ方法があったので助かったと思う」と話した。任さんの父で会社員明さん(57)は13日、2人が行方不明になったと県警に届け出ていた。
 石巻地区広域行政事務組合消防本部によると、現場は旧北上川の近く。東日本大震災で大津波に襲われ、13日くらいまで冠水し車両が入れない状態だった。2、3日前からがれきの撤去作業が始まっていた。(2011/03/20-23:17)


時事ドットコム続報

少年「先におばあちゃんを」=気遣い感心と警察官-震災10日目救出-宮城・石巻市
時事ドットコム 2011/03/21-12:32

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 宮城県石巻市で20日、東日本大震災から10日目に倒壊家屋から阿部寿美さん(80)と孫の高校1年任さん(16)を救出した県警石巻署員の清野陽一巡査部長(43)ら4人が21日、同署で記者会見した。任さんは体力が消耗する中、「先におばあちゃんを助けて」と話したという。
 任さんを発見した際、署員らには寿美さんの所在が分からなかった。清野巡査部長は「おばあちゃんを気遣う言葉が最初に出た。とても謙虚な少年だ」と感心した。
 清野巡査部長らによると、2人を発見した場所は一面がれきで、ほとんどの家が押しつぶされていた。任さんが震えながら最初に発した言葉は「中に80歳のおばあちゃんがいるので先に助けて」。署員が差し出したカイロや菓子をいったんは受け取らず、終始寿美さんの様子を気遣っていた。
 がれきをかき分けた先に寿美さんはいた。署員が「助けるから安心して」と呼び掛けると、寿美さんは泣き崩れた。2人がいた一室は薄暗く、寿美さんは「雨や雪が降って水漏れもした」と署員に訴えたという。
 清野巡査部長は「(救出に当たった)若手が『警察官になって良かった』と話していた。つらい状況で励みにできる気持ちでいっぱい」と目を潤ませた。千葉知洋巡査(20)は「生きててくれてうれしい。今後も1人でも多くの人を救いたい」と胸を張った。(2011/03/21-12:32)


毎日jp

東日本大震災:ヨーグルトでしのぎ 9日ぶり生還の2人
毎日jp 2011年3月20日 19時37分(最終更新 3月21日 0時54分)

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 孫は動けない祖母を守り続け、9日間耐え抜いた。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市で20日、217時間ぶりに救出された高校1年、阿部任(じん)さん(16)と祖母寿美(すみ)さん(80)。2人は倒壊した自宅の冷蔵庫にあった水やヨーグルトなどを口にして助けを待った。救助された時、寿美さんは救急隊員の励ましに何度もうなずき、「孫はどこ?」と任さんを気遣った。助け出した警察官らの泥まみれの顔に涙が伝った。【大場弘行、前谷宏】

 旧北上川の河口から数百メートルの石巻市門脇町。救出の現場に記者2人は居合わせた。
 ◇がれきの中「助けて」

 津波に襲われたこの一帯で救助活動中だった県警石巻署員が、「助けて」という少年の声を聞いたのは午後4時ごろ。がれきをよじ登り、板を引きはがしながら奥に進むと、倒壊した家の屋根に乗った少年が「うちの中にばあちゃんがいます。助けてください」と叫んだ。ジャージーの上下にバスタオルを数枚巻いただけ。靴もはいていない。任さんだった。

 署員がさらに進むと、倒れたクローゼットの上に布団にくるまった寿美さんがいた。署員と目が合うと、「よかった」と涙を流し、「足が悪くて動けない」と訴えたという。

 地元の消防隊員のほか、新潟県の隊員らも駆け付ける。上空には救出に備え鹿児島県警のヘリが舞う。
 ◇「ここ、外ですか」

 約1時間後、寿美さんが担架で運ばれて出てきた。隊員たちが「頑張れ」と声をかける。ヘリでの搬送のため毛布が取られると、寿美さんはまぶしそうに「ここ、外ですか」。黒いジャンパーを着ていたが、足は素足で青白い。消防隊員が「地震からずっとおうちにいたの」と聞くと、「はい」と答えた。

 健康状態などを確認する隊員に、寿美さんは「孫はどこさいる?」と自宅の方向を見やった。隊員に抱きかかえられながらロープでヘリに引き上げられる時、放心状態の任さんも救出された。ヘリを見上げる地元の消防隊員(38)は涙ぐみながら「よかった」と何度もうなずいた。

 地震の際、2人は2階の台所で食事中だったという。救出時、そばにはパンや冷凍たこ焼き、焼きのりなどの袋もあった。おばあちゃん子の任さんは、動けない寿美さんのために隣室から毛布を運び、励まし続けた。任さんは「がれきに閉じこめられていたけど、余震が落ち着き、今日ようやく外に出られた」と署員らに話したという。同署は屋根裏に通じる隙間(すきま)から体を入れ、屋根を突き破って外に出たとみている。任さんは、署員が差し出したお菓子をおいしそうに食べたという。

 気象庁によると、震災後、石巻市の南西約40キロの仙台市で18日に最も低い氷点下4.1度を記録。16日からの4日間は冬型の気圧配置の影響などで最低気温が氷点下の日が続き雪も降った。石巻市の観測データは地震の影響で12~18日は欠測していた。
 ◇父「信じていた」

 救助された阿部任さんの父明さん(57)が20日夜、次男任さんと寿美さんが搬送された石巻赤十字病院で記者会見。「一報を聞いた時に救われる思いがした。絶対に生きていると信じていた。本当にありがとうございました」と頭をさげた。祖母を励まし続けた任さんに「よく頑張った」とねぎらいの言葉をかけたという。

 明さんによると、地震翌日の12日朝9時、いったん寿美さんの携帯電話につながり、任さんが出て「家は全部つぶれたけど、今台所にいる」と話した。しかし、家があった場所には家屋がなく、母、兄、叔母が捜索していたという。2人は家ごと津波に流されたとみられる。

 一方、安否不明者が多数いることに触れ、「私たちだけこんな幸せを味わうことを申し訳なく思う。何か役立つことをしようと家族で話し合いたい」と話した。

 会見に同席した石巻日赤の小林道生・救急救命センター副センター長によると、寿美さんは軽い脱水症状で、任さんも左足にはれがあるが、2人とも他に目立った症状はなく元気という。小林副センター長は2人の生還について「奇跡的に冷蔵庫や台所に近いところに閉じ込められ、水と食料があったことや、体がぬれなかったことがよかった」と話した。【比嘉洋】



ほんとうに良かったですね。
まだ同じようになんとか残っている建物の中で救助を待ってる命があるかも知れません。
枝野官房長官も、こう語られてます。


「奇跡、2人に頭が下がる」=官房長官
時事ドットコム 2011/03/21-15:50

枝野幸男官房長官は21日午後、東日本大震災の被災者2人が20日に宮城県石巻市で救出されたことについて「本当に厳しい状況の中、長い期間頑張ってきた2人に頭が下がる思いだ。こうした奇跡的な状況というのは、被災者の皆さんにとっても励まされるニュースだ」と述べた。内閣府で記者団の質問に答えた。
 また、「まだまだいろいろな条件の下で救助を待っている人があり得るんだ、という中で努力を進めなければいけない」と語った。(2011/03/21-15:50)


でも、当の枝野官房長官ご自身、連日のメディアへの対応などに追われ、ちゃんと休まれてるのか心配です。

えだの2


今、被災地以外のほとんどの都道府県で、公共住宅の無償の受入が始まってます。
さらに一般の個人宅でも、ホームステイの形で「うちをお使いください」という善意の声も増えてるそうです。
公共住宅・個人宅の受け入れ情報をまとめたサイトをご紹介します。

■公共住宅・個人宅の受け入れ情報まとめサイト

→ 都道府県別被災者受け入れ情報(yahoo)
→ 東北地方太平洋沖地震 各都道府県の被災者受け入れ情報(ユウノマニアックス)
→ 役立ちたい(読売新聞)
→ 地震被災者の受け入れ先(住宅提供)まとめ(NAVERまとめ)
→ 各地方自治体の被災者受け入れリスト(無償公営住宅)(Togetter)

私の住んでるところは四国です。
田舎ではありますが、瀬戸内海に面しているため津波の心配は少ないですよ(*^^*)


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  1. 2011/03/21(月) 16:22:09|
  2. 東日本大震災関連|
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