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ようこそ、モアイ。※追記あり

同じ石でも…のエントリーで触れたモアイ像が、
昨年11月にチリを出航して、長い旅路のあと、
最終目的地の宮城県へ到着しました。

■「日本よ元気に」チリからのモアイが宮城県でお披露目


モアイ像に復興願う 南三陸町で贈呈式典
産経フォト 2013.05.25

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贈呈記念式典で披露されたモアイ像 =25日午前、宮城県南三陸町

 東日本大震災の津波で被災した宮城県南三陸町にチリから贈られたモアイ像の贈呈記念式典が25日、町内の仮設商店街で開かれ、参加者約200人が像の前で町の復興を願った。

 イースター島の石を使ったモアイ像は、高さ約3m、重さ約2トン。昨年12月に東京に到着し、東京や大阪での展示を経て、今月16日に南三陸町の商店街に設置された。

 式典の中で、白いサンゴと黒曜石で作られた瞳がはめられ、像が完成した。佐藤仁町長は「像が町の復興を見守ってくれる。シンボルとして大事にしていきたい」と話し、パトリシオ・トレス駐日チリ大使は「像は自然災害に屈服せず、希望と前を向くという日本とチリの気持ちを表している」と強調した。

 南三陸町は1960年のチリ地震の津波でも被災。チリから友好の証しとして91年にモアイ像を贈られたが、今回の津波で損壊し、チリのピニェラ大統領が新しい像の寄贈を約束していた。

 地元の志津川高2年で、チリを3月に訪れた遠藤龍輝君(16)は「町の励みになる。復興が少しでも早く進んでくれれば」と笑顔を見せた。

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チリから贈られたモアイ像の前で、志津川高校の生徒も参加して記念撮影が行われた 
=25日午前、宮城県南三陸町

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 贈呈記念式典で目が取り付けられたモアイ像。
左はモアイ像制作者のベネディクト・トゥキ氏、
右は日智経済委員会チリ国内委員会のロベルト・デ・アンドラッカ委員長 
=25日午前、宮城県南三陸町


写真の左の方、覚えてます。
モアイを作ってくれた職人さんですよね。
関連過去記事→同じ石でも…

同じ石でも…より画像のみ再掲
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チリがモアイ像を贈ってくれた理由

・チリで大地震が起きたとき、日本が支援してくれた
 (2010年2月27日 M8.8 死者528名 行方不明者が200余名)
・モアイ像が倒れたとき、日本が修復してくれた
 (1992年、香川県の株式会社タダノが15体のモアイ像の復元・修復) 

チリにおける地震災害に対する国際緊急援助
モアイの修復(ウィキペディア)
タダノ モアイ修復プロジェクト



■モアイ、「チリ→宮城」の道のり

昨年記事を書いた時点(8月)では、まだ製作中だったモアイ。

今回最終目的地の宮城へ到着ということですが、
12月には既に日本に到着していたらしいですね(知らなかった…)。

11/25にチリを出発→12/25に東京湾に到着

大きなモアイを乗せた船が、
一ヶ月もかけて日本を目指してくれたんですね~

日本に到着後、東京と大阪で展示され、
今回やっと目的地の宮城県でお披露目されたんだそうです。

昨年11月のチリ出発から今日までのモアイの旅(笑)を、
日本経済新聞が随時ニュースにしてくれていたんですね。
時系列で並べてみました。

11/25、チリ出発

被災地に向けモアイ像が出港 チリ、南三陸町に寄贈
日本経済新聞 2012/11/25 19:02

 【リオデジャネイロ=共同】東日本大震災の被災地を支援しようと、同じ地震国の南米チリ・イースター島で新たに造られたモアイ像が24日、日本の海運会社の船でチリ・バルパライソ港を出発した。1カ月後に東京港に到着する予定。日本各地で展示された後、宮城県南三陸町に運ばれる。

 1960年のチリ地震による津波でも被災した南三陸町には91年、チリからモアイ像が贈られたが、東日本大震災の津波で損壊。ピニェラ大統領が今年3月に町を訪れ、新たなモアイ像の寄贈を約束していた。

 まげや台座も合わせると高さ約5メートル、重さ6トンの巨大像で、製造経費は日本と関係が深いチリの企業などが負担した。

 寄贈計画を発案したチリ側関係者や輸送する日本郵船関係者によると、モアイ像は12月23日午後に東京港に到着予定。日本の各都市を回って展示された後、来年5月25日前後に南三陸町で引き渡し式典が行われる。展示される都市は未定。


12/25、東京湾に到着

モアイ像が到着 地震国チリから南三陸町に寄贈
日本経済新聞 2012/12/25 12:15

 東日本大震災の被災地を支援するため、同じ地震国の南米チリのイースター島で新たに造られたモアイ像が25日朝、船便で東京港に到着した。来年3月以降、東京と大阪で展示された後、5月25日ごろに被災地の宮城県南三陸町で引き渡し式典が行われ、安置される。

 南三陸町は1960年のチリ地震でも被災したことから、91年に地震国同士の友好を深めようと、チリからモアイ像が贈られた。しかし、震災の津波で損壊したため、ピニェラ大統領が3月の訪日時に同町を訪れ、新たなモアイ像の寄贈を約束した。

 到着したモアイ像は、台座などを含めると高さ約5メートル、重さ6トン。イースター島の職人が島の石を使って製作し、経費は日本と関係が深いチリの企業が負担した。〔共同〕


3月、各地でモアイ像展示会始まる

モアイ像で被災地支援 チリ寄贈、丸ビルで展示
日本経済新聞 2013/3/20 18:40

 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町を支援するため、チリから贈られるイースター島のモアイ像の展示が20日、東京都千代田区の丸ビルで始まった。28日まで。

 同町は1960年のチリ地震でも津波の被害に遭遇。地震国同士の防災のシンボルとして、91年にチリが複製したモアイ像を町内に設置した。しかし東日本大震災の津波で壊れ、昨年、同町を訪れたピニェラ大統領が、新たに作り直して寄贈すると約束していた。

 展示に先立つ除幕式には、県立志津川高校の生徒や駐日チリ大使ら約100人が参加。高さ約3メートル、重さ約2トンの像が姿を現すと、大きな歓声が上がった。5月25日に同町で寄贈式が行われるといい、佐藤仁町長は「モアイが復興を後押ししてくれる気がする」と語った。〔共同〕

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5月、目的地の宮城へ到着

被災地にモアイ像設置 宮城・南三陸、チリから寄贈
日本経済新聞 2013/5/16 19:01

 東日本大震災の被災地を支援するため、同じ地震国のチリから贈られたイースター島のモアイ像が、宮城県南三陸町に到着し16日、町内の仮設商店街に設置された。25日に記念式典が開かれる。

 像は高さ約3メートル、重さ約2トン。クレーンでつり上げられ、約2時間かけて商店街の駐車場に用意された台座に設置。作業を見守った同町企画課の男性職員(44)は「多くの人に見てもらい、復興のきっかけになってほしい」と話していた。

 南三陸町は1960年のチリ地震の津波でも被災。友好を深めようと91年、チリからモアイ像が贈られたが、東日本大震災の津波で損壊。チリのピニェラ大統領が新しい像の寄贈を約束していた。以前の像はチリ本土の石を使ったが、今回はイースター島の石で制作。昨年12月に船便で東京港に到着し、東京、大阪でも展示された。〔共同〕


■日本経済新聞の総力モアイ記事

日本経済新聞に、モアイ総力特集(7ページ)がありました。
日本経済新聞さん、モアイについてはかなり詳細に追ってますね(笑)
それは単純に嬉しいです(私もモアイが好きなので)。


モアイ像再来 海越えた高校生の復興への願い
日本経済新聞 2013/3/10 6:30

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 宮城県南三陸町は「モアイのまち」。中心部に向かう途中の橋では、南米チリのイースター島の守り神として知られるモアイ像の複製が訪れる人を迎える。町内を歩くと、モアイが描かれたマンホールやタイルなども多く見られる。2年前、町を襲った東日本大震災。町民800人以上が死亡・行方不明になり、かつてチリから贈られた町のシンボル、モアイ像も壊れてしまった。そのモアイ像が新たに造られ、5月25日、町に帰ってくることになった。

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 災害は忘れた頃にやってくる――。1960年のチリ地震津波から半世紀たった2010年、地元の県立志津川高校は防災意識を高め、町おこしをしようと「南三陸モアイ化計画」を考えた。取り組んだのは情報ビジネス科の3年生の有志。モアイ像のキャラクター「さんりくん」「みなみちゃん」をデザインし、携帯ストラップや洋菓子なども試作した。町内での販売が決まり「学生ビジネス」が軌道に乗りかけた矢先、想像を超えた大津波が町をのみこんだ。

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 南三陸町が「モアイのまち」になったきっかけはチリ地震津波。太平洋のはるか遠くで起きた津波が押し寄せ、41人が亡くなった。その後、被害を乗り越え互いに復興した南三陸町とチリの間で交流が始まり、1991年、チリ本土で造ったモアイ像が贈られたのだった。友好の証しと、被害を後世に伝える防災のシンボルとして町民に親しまれていたモアイ像。だが東日本大震災の津波で頭部が流され、がれきの中に横たえてしまった。

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 生徒たちも被災し、内陸に学校ごと避難。モアイ化計画の存続が危ぶまれたが、震災直後に警察官姿のモアイをデザインしたプレートを作り、県外から救援に来たパトカーに取り付けた。モアイで復興を目指す生徒の姿と津波で壊れたモアイ像がチリで報じられ、人びとを励まそうとチリ政府が新しいモアイ像の寄贈を決めた。イースター島の長老たちも「日本人はかつて、島の壊れたモアイ像を復元してくれた。今こそ恩返しをしよう」と無償で像を造り始めた。

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 この1年、生徒たちは新たな目標に取り組んだ。部活動の遠征やお年寄りの足として活躍した、津波で壊れた町民バスをグッズの収益で復活させようと考えた。3年生の後藤和那さんは「モアイを通じて良さを知った町と、支えてくれた多くの人たちのために」と活動に励んだ。望みはまだかなっていないが、後藤さんは4月から職業訓練校で建築を学び、将来は自分と同じように家を流された人たちの新しい家を造り、町の再建に役立ちたいと願っている。

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 生徒の活動に大人たちも支援に乗り出した。仮設商店街の店主らが「みなさんモアイサポーターズ」をつくり、洋菓子店主の阿部雄一さん(48)は生徒のグッズを店で売り出した。阿部さんは先代のモアイ像がやってきた頃から約20年間、チリ地震津波を忘れないようにと「モアイ伝説」と名付けたブッセを作り続けている。「ふるさとを大切にしようとする子どもたちの思いを復興へつなげていきたい」。モアイを通じて強まった町を愛する気持ちが、世代を超えて広がっている。

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 いよいよ日本にやってきたモアイ像。仕上げに奈良市で台座を造ったのは、21年前にイースター島を訪れた石工の左野勝司さん(70)。島の部族の争いで倒れ、チリ地震津波で流された像の復元を手掛けた経験の持ち主だ。「島では『モ』は『未来』、『アイ』は『生きる』の意味がある。南三陸と島の人たちの『未来へ生きる』との思いが込められたモアイ像造りを手伝うことができてよかった。どうか永遠に町を守ってほしい」

 モアイ像は3月下旬から東京と大阪で巡回展示した後、南三陸町に到着し、復興のシンボルと守り神として町の人たちと未来へ生き続ける。


この記事の中に出てくる高校生たちによる「ゆるキャラ」、
これも今日ニュースになってました。

■高校生によるモアイのゆるキャラ登場


南三陸モアイ“ゆるキャラ”「さんりくん」完成へ
スポニチ 2013年5月26日 06:00

 南米チリのイースター島のモアイ像で町おこしに取り組んでいる宮城県南三陸町の志津川高校が、来月末にもモアイ像をモチーフにした“ゆるキャラ”を完成させる。

 南三陸町は1960年5月のチリ大地震で発生した津波で町民41人が犠牲になり、91年にチリ政府から防災の象徴としてモアイ像の複製が贈られた。志津川高では10年から情報ビジネス科の課題研究としてモアイ像を使った町おこしを始めた。

 だが、11年3月の東日本大震災で、志津川湾に面する松原公園に置かれていたモアイ像は津波で倒壊し、「町おこしのシンボル」から「復興へのシンボル」に変わった。同校でも情報ビジネス科の生徒が描いたモアイキャラクターに震災後、町名にちなみ「さんりくん」と名付け、ステッカーなどを作製。無表情ながらも愛きょうがあるデザインが話題を呼んで町の“人気者”へと成長し、ゆるキャラへの仲間入りを目指して着ぐるみ製作に発展したという。

 当初は25日に町内の仮設商店街で行われた、チリ政府からの新モアイ像贈呈式典でのお披露目を目指していたが、業者から“着ぐるみの注文が多く、間に合わない”と言われ断念したという。特産品のタコを頭に乗せ、銀ザケを持った「さんりくん」は来月末にも完成予定。南三陸町にはすでに「オクトパス君」という復興キャラクターがいるが同校では「復興イメージキャラとして、復興関連のイベントでお力添えしたい。本校の学園祭や体育祭でも活躍してもらいます」と話している。

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左:チリから贈られたモアイ像の前で記念撮影をする関係者
右:志津川高の生徒が描いたモアイのキャラクター「さんりくん」。
  南三陸町の名産品のタコと銀鮭が付いている。ゆるキャラとしてデビュー予定


「独島」「大韓民国」「2012年夏 大統領 李明博」
と書いた石を竹島に勝手に建てた韓国。

仏像を盗んだ韓国。

それとは対照的に、
友好的にモアイを届けてくれたチリ。

それを受けてモアイの「ゆるキャラ」を作り、
復興に生かしたいという高校生たち。

モアイの意味は「モ(未来)」「アイ(生きる)」、「未来に生きる」。

「島の石でなければマナ(霊力)がなく、被災地に贈る意味がない」
といって、島の石の持ち出しに反対する人たちを説得してくれた製作者たち。

6トンもあるモアイ製作の経費は、
日本と関係が深いチリの企業が負担。

作業着を着ていた職人さんが、
(慣れないであろう)ネクタイを締め、
記念式典でニコニコしている。

こういう話は、読んでいて胸がいっぱいになります。

パラオが、日本を悪とする米国の洗脳教育に侵されなかったこと。
鹿島建設が、崩壊した橋(韓国製)を素晴らしい技術で復元したこと。
タダノが、何の見返りも求めずモアイを善意で修復したこと。

日本の正しい行いが、ちゃんと伝わっている国の存在を知ると、
嬉しくなってしまいます。

私、海外旅行の経験もありませんが、
死ぬまでに一度はイースター島で本物のモアイ像を見てみたいです。

ついでなので、以前秘かに作っていたモアイ像のパズル(笑)
モアイ像1
モアイ像2
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冒頭のニュースについて、某所スレッドの反応を…

冒頭ニュースにおける某所の反応

6 :名無しさん@13周年 :2013/05/25(土) 22:11:43.90 (p)ID:K3fd4u7/0(2)
    お、おう

7 :名無しさん@13周年 :2013/05/25(土) 22:11:50.63 ID:TTsclDTJ0
    ご厚意は有難いではないか。

26 :名無しさん@13周年 :sage :2013/05/25(土) 22:14:52.21 ID:4VegLaXj0
    嬉しいねこういうの

58 :名無しさん@13周年 :2013/05/25(土) 22:19:37.66 ID:9097/VaY0
    約束を守り、ちゃんと像をくれたチリに深く感謝

273 :名無しさん@13周年 :2013/05/25(土) 22:55:53.87 (p)ID:vSlSKtN9P(8)
    お、おう…
    つか、わざわざ作ってくれたのか
    津波がこない様に見張ってるみたいになるね
    ありがとうございます


目が入っているなどイメージと違う点について

56 :名無しさん@13周年 :sage :2013/05/25(土) 22:18:59.86 (p)ID:VmIP/3jFO(3)
    確かモアイって目玉に魔力が込められてるんだよね
    プカオと目玉付きとはありがたい

64 :名無しさん@13周年 :sage :2013/05/25(土) 22:20:17.57 ID:qWKd/Q1N0
    考古学的には、製作当時のモアイは目が入っていたとされている。
    (実際に目が発見されている)
    材料も含め、歴史的には正しい。

82 :名無しさん@13周年 :sage :2013/05/25(土) 22:22:48.58 (p)ID:vhHwL+rw0(3)
    現地で目を入れるのはだるまと同じ理由かな
    目有りモアイとは中々やるな

134 :名無しさん@13周年 :sage :2013/05/25(土) 22:28:34.49 (p)ID:VmIP/3jFO(3)
    モアイは目を潰すと力が失われるから片っ端から割られたんだって
    目が残っているモアイは貴重だとか

324 :名無しさん@13周年 :sage :2013/05/25(土) 23:05:54.45 ID:ofj5D0UT0
    愛嬌と威厳、両方兼ね備えたいいモアイだと思うよ。
    式典で開眼させるってのもいいじゃない。
    目の入ったモアイって初めて見たけど、なるほどと思ったわ。

202 :名無しさん@13周年 :sage :2013/05/25(土) 22:41:02.52 (p)ID:w5YN9oIW0(12)
    ちょっとまて、このモアイのイメージが違うと言っている人は話を聞いてください!
    頭に帽子みたいのがあるから言っているのかな?
    これはプカオと言って、男性の結髪をモチーフしたもので、16世紀以降に作られた説があるんだよ。
    正真正銘、本物の徳と地位が高い特別なモアイとしてチリが作ってくれた意味でもある。
    記事に乗せられてないけど、この意味が含まれていると思う。

238 :名無しさん@13周年 :sage :2013/05/25(土) 22:48:28.09 (p)ID:w5YN9oIW0(12)
    これこそ正統なモアイ像なんだよ。
    おまいさんのいうモアイは、古代モアイ。
    チリで正統的に作られた〝本物〟のモアイだからこそ、
   16世以降に作られたモアイの証であるプカオという帽子みたいのをかぶっている。
    チリは異例とも言える本物モアイを贈ってくれたんだよ。


私も嬉しいですが、某所も軒並み歓迎ムード。
目がないほうがイイ、とかいう意見もありましたが、
目があるのが本物だよ、と説明してくれる人もいて穏やかムード。

でもコレ…
こういうのを目にしたとき、ブログに貼ったらブログが汚れる…
と思っても無視できない自分が嫌ですが、可哀相な人という意味で。


267 :名無しさん@13周年 :2013/05/25(土) 22:54:52.56 (p)ID:SLpbWFRJ0(4)
    あのさ、こういうのいらないんだけど
    震災があったとき、チリは即座に行動できたのかね?
    今頃になって、チアイ像を送っても、俺たちの神経を逆なですると思わないのかな?

    大災厄が起きた時、いの一番に駆けつけてくれた、中国と韓国―
    日本に対してよい感情を持っていないはずなのに、彼らは行動やお金で示した

    だから、日本の老若男女はみな、中韓に良いイメージをもっている
    チリとか、文字通り塵だ


尻尾が見えてるんですけど。


<追記>

コメントへのお返事です。

「KYさんのニュースが多過ぎです。
 石ころさん どうしちゃったの?」

ということですが、

私のブログはどちらかというと、
真央ちゃん応援ブログというよりは、KY追及ブログです。

KYを見たくない、KYについて話したくないという気持ちもわかります。
それは私も同じですから(-.-;)

でもそれ以上に嫌なのが、

KYについて誰も触れなくなる
     ↓
何の問題もないとされ、228.56が永久に残る


ということです。

「KYさんって上手いのよ~」
「やっぱKYはスピードがあるんよ!」

これは実際に会社で耳にした言葉ですが、
その時の気持ちは、たぶんこのブログを読んでくださってる方には、
説明しなくてもわかっていただけると思います。

228.56というありえない評価が、
そんな発言を呼び起こしているんだと思います。
とりあえずKYが一番凄いんだろう、と。

私は、228.56というのは正当な評価とは思えません。
その違和感がこのブログを始めた初期衝動でもあります。
いつか何かが暴かれ、記録が抹消されることを願います。

オリンピックで優勝したら、
その選手はアイスショーに引っ張りだこで忙しいそうです。

オリンピックで優勝した年に、
KYが世界のアイスショーに一度も招待されなかった事実。
3年間で見てもたったの一度だけです(中国)。

それがKYに対する世界の評価だと思います。

そんなKYを持ち上げるのは、
地元韓国以外には、日本・カナダのメディアだけ。

不自然だと思うんです。

最初の話に戻りますが、
KYニュースを追いかけるのは、
あんなことをした人が幸せになれるはずがない、
と思って、その行く末を見ているからです。

あれだけのことをしておきながら、よくそんな顔ができるな、
あんなことをするから、ほらまた訴えられた、訴えた、
ということをウォッチングしています。

もちろん悪趣味であるという自覚もありつつ(;^_^A 
そんな中で、いつか何かが発覚するときを待ってます。



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  1. 2013/05/26(日) 12:42:04|
  2. 東日本大震災関連|
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