SPで歴代最高…羽生を支える「チーム・オーサー」 日本経済新聞 2012/11/2 7:00 フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ序盤の2試合で、脚光を浴びたのが初戦のスケートアメリカでショートプログラム(SP)世界歴代最高点をマークした羽生結弦(東北高、17)と、第2戦のスケートカナダで世界選手権2連覇中のパトリック・チャン(カナダ)を破って優勝したハビエル・フェルナンデス(スペイン、21)。 この2人の若手を指導しているのが1984年サラエボ、88年カルガリー五輪銀メダリストのブライアン・オーサー氏だ。金妍児(キム・ヨナ、韓国)を2010年バンクーバー五輪金メダルに導いた手腕が、再び注目されている。 ![]() スケートアメリカのSPで世界歴代最高点をマークし、笑顔の羽生(右)とオーサー氏=共同 ■チームプレーで羽生ら指導 カナダのトロント中心部から車で約30分、住宅街の近くにオーサー氏がディレクターを務めるプライベートクラブ「トロント・クリケット・スケーティング&カーリング・クラブ」がある。 ここで、カルガリー五輪アイスダンスの銅メダリスト、トレーシー・ウィルソンさんとともに指導している。ときに振付師のデービット・ウィルソン氏が加わる。 かなり大まかにいえば、フィギュアスケートは(1)ジャンプの技術、(2)スケーティング及び全体的にスムーズに見えるような技術、(3)表現力。この3つがうまくミックスしてこそ、上位にいける。(1)のジャンプ技術と(1)~(3)の全体のコーディネートをオーサー氏が、(2)はトレーシーさんが、(3)はデービット氏のほかダンスの先生らが見ている。 1960年代生まれの3人のチームプレー。お互いがそれぞれの得意分野を指導する。「そこがいいところなんだ」とフェルナンデスはいう。 ![]() スケートアメリカのSPで世界歴代最高点をマークした羽生の演技=共同 ■スケーターは常に「見られている」ことが重要 1人のコーチではなく、チーム体制で指導するからトップ選手を何人も抱えられ、選手たちは互いに切磋琢磨(せっさたくま)できる。たとえコーチの1人が所用で外れても、別のコーチが練習に付き添えることもポイント。「スケーターは常に『見られている』ということが重要だからね」とオーサー氏。 ある日曜日の練習では、オーサー氏がフェルナンデスのジャンプを見ている間、トレーシーさんが羽生にスピン姿勢に入るときの足の入り、腕の回し方を厳しくチェックしていた。 そして次の瞬間にはトレーシーさんがフェルナンデスを、オーサー氏が羽生を指導。そうした間でも、どちらかがいいジャンプを跳べば、2人から「グレート」「ワーオ」といった称賛の声があがる。2人のコーチとも精力的にリンク上を動き回っているので、練習全体に活気がある。 この日はデービット氏も訪れ、ポイントごとの感情の出し方を、細かく指導していた。通常、プログラムの振り付けが終わると、選手は年に1~2回手直しを頼む程度だが、ここでは週に1度チェックし、適宜手直ししてくれるのだから、大変ぜいたくな環境といえる。 ■オーサー氏らの指導を受け、格段の進歩 07年までプロスケーターとして滑っていたオーサー氏は、コーチとしてのキャリアは浅い。「自分は未熟だし、分からないことは他人の力を借りたほうがいい」と、初めての教え子である金妍児をこのスタイルで指導した。 その金妍児がバンクーバー五輪金メダルという大成功を収めると、次々と選手がオーサー氏の元にやってくるようになった。 ![]() スケートカナダで優勝したフェルナンデス=ロイター スケートカナダで優勝したフェルナンデスは、かつてニコライ・モロゾフ氏に師事していたが、そのころは「時折すごいジャンプを跳ぶ選手」くらいの印象しかなかった。 しかし、オーサー氏らの指導を受けるようになると、昨シーズン、驚くほど「踊れる」選手に変貌し、現在ではジャンプも安定し、表現力も格段に進歩した。 ![]() 表彰式でメダルを手に笑顔を見せる(左から)2位のチャン、優勝したフェルナンデス、3位の織田=共同 ■世界王者のチャンも刺激受ける スケートカナダでのフェルナンデスの演技を改めて振り返ってみると、フリーで4回転ジャンプを3つもプログラムに組み込み、1つは回転が抜けて3回転になったものの、残りの2つは2種類の4回転を成功。 しかもそのうちの1つは得点が1.1倍になる演技後半に史上初めて成功させた。 今季からオーサー氏に師事している羽生もスケートアメリカではフリーで失敗して2位になったが、SPでは4回転に成功するなど完璧な演技で世界歴代最高の95.07点をたたき出している。 この2人の活躍には、世界王者のチャンも刺激を受けている。「最初はショックだったけれど、僕も頑張れば点を出してもらえるって事だよね」 オーサー氏は金妍児を教えているころから、シーズン初戦と、一番大きな大会にピークを合わせてきた。「常にパーフェクトの演技なんてできない。仮にいつもノーミスだったとしても、それではスピリットに欠けた演技になってしまう。選手には“マジックモメント”ともいえる瞬間があるから」とオーサー氏。 ![]() 公式練習で笑顔を見せる羽生とオーサー氏=共同 ■柔和な人柄、どんな選手にも合わす いいスタートを切るために初戦を重視し、その後は「マジックモメント」に向けて演技の“熟成期間”に入る。 こうした指導法に加え、どんな選手にも合わせられるところがオーサー氏のすごいところかもしれない。フィギュア界は、親が選手に対して大きな影響力を持つケースが多く、親に振り回されて疲れ果ててしまうコーチも少なくない。しかし、オーサー氏は柔和な人柄で受け流す。 不可解な採点に対して厳しい態度で審判に詰め寄ることもあるが、基本的にオーサー氏はいつ会っても朗らかだ。こんなに話しかけやすいコーチも珍しい。 ■「常に何かを学ぼうと心掛けている」 「常にオープンであることと、毎日、僕は誰かと一緒に仕事をするたびに、何かを学ぼうと心がけている。コーチ業では“学び”が一番重要かもしれない」とオーサー氏。 だから、自分の考えを押しつけることもなく、フェルナンデス、羽生からも常に学ぼうとしている。「ハビ(フェルナンデス)はハビ、ユズ(羽生)はユズ。2人とも全くタイプが違うでしょ。それぞれいいところがある」 フェルナンデスは気分屋なところがあるが、そんなフェルナンデスについてはガールフレンドがリンク内で練習を見るのもOKだし、「寒くない?」と気遣い、雑談もする。選手が心地よいと思える環境は可能な限り、認めるようだ。 一方、羽生は日本人らしく、誰よりも早くリンクに来て最後まで残っている。「ユズは僕にとって、完璧な生徒だよ。礼儀正しいし、一生懸命練習するし、僕たちコーチ陣を尊重してくれる」(オーサー氏) フェルナンデスには羽生の勤勉さを見習ってほしいようだが、羽生にもフェルナンデスから学んでほしいようだ。「ユズはもうちょっと肩の力を抜いた方がいい」とオーサー氏は笑う。 「浅田真央vs.金妍児」で盛り上がったバンクーバー五輪前だが、ソチ五輪に向けて現在は男子フィギュアが熱い。「今は男子が4回転ジャンプを2つ、3つ跳ぶのは当たり前だからね」。25年以上も前、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)の先駆者として名をはせたオーサー氏はそう言って目を丸くした。 ![]() 男子は4回転時代に。世界選手権の出場権を羽生はつかめるか=共同 ■羽生は「super-talented」 チャンに高橋大輔(関大大学院)、五輪3大会連続メダリストのエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)、小塚崇彦(トヨタ自動車)……。4回転ジャンプを回避する選手の方が多かったバンクーバー五輪とは違い、ソチ五輪でメダルを目指すトップ選手たちは4回転ジャンプを2回以上プログラムに組み込み、ハイレベルでの混戦となっている。羽生もフェルナンデスもそうした輪の中にいる。 羽生について、オーサー氏もデービット氏も「super-talented(超・才能がある)」と口をそろえる。オーサー氏は「素晴らしいジャンパー。そして年齢が若いのは有利」と語り、デービット氏は「体が柔らかくて表現力が豊か」と指摘する。 欠点は「エネルギーが有り余り過ぎて、ミスが出ること」とオーサー氏。銅メダルだった世界選手権でも、フリーでは4回転ジャンプを2度決めたのに、ステップで転んでしまった。「ユズは今、(子供から)若い男性になりつつあるところだから、五輪が楽しみだよ」とオーサー氏。 ■世界選手権の3枠を目指し激戦 ただ、世界で戦えるフィギュア選手が1人しかいない韓国やスペインと違い、日本は層が厚いのでそんなに悠長に構えてもいられない。 手始めに12月、高橋、小塚、織田信成(関大大学院)と競い、3枠しかない世界選手権(13年3月、カナダ)出場権をとらないといけない。 オーサー氏は「きちんと(ピークを)合わせないと。ユズはメンタルは強い選手だと思うけれどね」。そう語りながら見せたウインクは自信の表れか、厳しさの暗示か……。 (原真子) |
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Author:石ころ
日々思ったこと、好きなことについて、思いつくままに。今はフィギュアスケートが一番気になるので、それを中心に書いています。リンク・記事の引用はご自由にどうぞ。連絡不要。素人ゆえ間違いもあるので、その点はご了承ください。
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