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あえて無題で

プルシェンコ選手が日本への思いを語った記事がありました。
日本は第2の故郷と思えるほど日本のファンの愛情を感じている、ということ。
嬉しいですね。


「太陽の少年」プルシェンコ選手:日本は第2の故郷
ロシアの声 14.10.2012, 15:26

ロシア・フィギュアスケート界の王エヴゲニー・プルシェンコ選手が、日本のさいたまスーパーアリーナで開催された「ジャパンオープン」のチーム対抗戦とカーニバル・オン・アイスのエキシビジョンに出場した。

プルシェンコ選手は、ロシアNOWからのインタビューで、ライバルは自分だと語った。プルシェンコ選手は、今シーズンのプログラムで日本の振付師・宮本賢二氏と組んだ。プルシェンコ選手は宮本氏について、素晴らしい振付師であり、穏やかな人柄で素晴らしいユーモアのセンスの持ち主だと語ったほか、見事なスケーティング技術を持っており、振り付けへのアプローチは面白いと指摘した。またプルシェンコ選手は、宮本氏が新たらしいビジョンをもたらしてくれたと語った。

日本については、「私にとって第2の故郷だ」と述べ、「初めて日本を訪れたのは15歳のときで、日本の人々はすぐに私を好きになってくれ、私も日本の人たちを好きになった。日本人は私に『太陽の少年』とい名をつけ、いつもたくさんのプレゼントをくれた。日本の観客の皆さんの愛情にとても感謝している」と語った。

日本での熱狂的な人気については、日本人は芸術を愛していると指摘し、スケートに打ち込む姿や勤勉さが日本人を惹きつけたのではないかと語った。

ロシアNOW、Sovsport.ruより

4RIAN_01008927LRru.jpg


中四国九州の選手権が終わりました。
中国・四国・九州まとめて行えるほど競技人口は少ないのでしょうか。

2012中四国九州フィギュアスケート選手権大会より

Snap544912.jpg
Snap544911.jpg

藤澤亮子ちゃん、友滝佳子ちゃん、坪井遥司選手などの有名どころに混じって、
地元から玉田裕也選手が出場していたので、ちょっと失礼してプロトコルをチェックφ(..)

3T-2T、2A、2S<< かぁ~。
1位の坪井選手が3F-3T、3A、3Lzであることを考えると、
まだまだ世界への道のりは長いかも(笑)

ツイッターを発見したのでチェックしてみると、


玉田 裕也 ‏@Yuya_Tamachan
今日は3T2Tいけそうなかんじがします。2Aもなんとか大丈夫。3Sはちゃんと我慢ができたら降りるし力任せにとんだら大惨事になります。スピンは全てレベル2を目指します。 ステップは新しくなってからまだ滑り込めてない感じ。 2年目だから、全体としてはまとまる気がする。

玉田 裕也 ‏@Yuya_Tamachan
こんなかんじでした。 ブログは試合終わってから更新します。明日も頑張ります。 因みに4位(最下位)です。

玉田 裕也 ‏@Yuya_Tamachan
ありがとーーー!!やっぱりスケートできる事は幸せだわ!!


世界レベルの技は持ち合わせていなくても、
選手それぞれこうやって自分の出来ることを精一杯出し切ろうと努力してるんだなぁ、と。
それから、スケートできる事が幸せ!って言い切れるところがいいなぁ、と感じました。

こうやって、身近に頑張っている選手がいると思うだけで、嬉しい。
これからもスケートを楽しみながら頑張ってほしいと思いました。

■私がブログを続けてこられた理由

このブログは、パチンコブログから始まり、
音楽ブログ、フィギュアスケートブログへと興味の赴くままに変化してきました。
(パチンコについては、かの国の利益になると知り手を引きましたが)

フィギュアスケートについて初めて書いたのは2010年7月

2009年12月の全日本選手権、2010年2月のバンクーバー五輪から浅田真央選手が気になり始め、
2010年3月の世界選手権で採点が明らかに狂っていることに気づきました。

それからというものの、なぜキム・ヨナにあんな高得点が出るのか、
バンクーバーでの浅田選手の涙にはどんな意味があるのか知りたくて、
インターネットでその答えを探す日々が続きました。

その頃は、いろんなブログにお世話になりました。
よくヒットしたのが、こちらのブログでした。

Mizumizuのライフスタイル・ブログ
フィギュアスケートを死なせたくない
ときどき黒猫
菊千代の部屋

私がフィギュアスケートに興味を持ち始める前から、
フィギュアスケートの問題に気づき、問題点を提唱している先輩ブロガーさんたちです。

中でも、一番印象に残っている記事があります。
菊千代さんの「浅田真央ちゃんは火中の栗か?」という記事です。
浅田真央ちゃんは火中の栗か?(鈴木明子さんの長久保コーチとの件)

これは菊千代さんにもお話したことがないはずなのですが、
いまだに私のパソコンのお気に入りのところに残っているくらい印象の強い記事でした。

それまで「真央ちゃん=天才=日本の宝=世界の宝=大好き=みんな大好き=みんな応援してる」
と、真央ちゃんについてはとことんプラスのイメージしかなかった私でしたが、
この記事を読んで初めて、浅田選手が置かれている理不尽な状況を知りました。

こんな凄い選手なのに、ジャンプコーチもつけられていないことは衝撃でした。
ますます「これはおかしい」と思い始め、ネットでの探索が続きました。

そうやって3ケ月くらいネットにかじり付き、
もうフィギュアスケートのことしか考えられない自分に気づいた頃、
半年ほど更新の止まっていた自分のブログを思い出し、
フィギュアスケートについて書こうと思い立ったのです。

ところが、フィギュアスケートについて書き始めると、
それまで経験したことがないことが起こるようになりました。

パチンコ、音楽について書いているときは、
同じ趣味を持つ仲間ができて、共感しあったり和やかな雰囲気だったのですが、
フィギュアスケートについて書き始めると、敵意を感じるコメントが入るようになったのです。

そういうコメントにも、
「勉強不足で申し訳ありません」と、謝ることしかできず、
なんとかコメントをお返ししながら、細々とブログを続けていました。

冷静を装ってコメントを返しながらも、内心は揺れていました。
「こんな私がフィギュアスケートについて語っていていいのだろうか」と。

ある時、そんな私の背中を押してくれるコメントが入りました。
猫も驚くキムヨナの異常採点

菊千代さんの言葉です。

「個人のブログですから他人に方向性を指示される必要はありませんので
 今後も自由な発想で頑張ってください。」

当時の私にとっては雲の上の存在だった先輩ブロガーさんからコメントをいただいたこと、
しかも「頑張れ」と背中を押してもらえたことは、当時お返しのコメントに書いた通り、
勇気を100倍もらえたような心強さがありました。
フィギュアスケートブログに転身して1ケ月の頃でした。

その言葉を胸に、素人なら素人なりに、素直な気持ちで書いていけばいいんだ、
と心に決め、ブログのスタイルも今のような形に落ち着いてきました。

それからも、何度か耳の痛いコメントに凹みながらも続けていたのですが、
フィギュアスケートブログになってから9ケ月後、
典型的なアンチコメントが入り、ブログで記事としてアンチに返信したことがあります。
名無しコメントの方へ。このブログはこのままで行こうと思います。

誰にも相談せず、自分なりに考えてアンチの方に大真面目に(笑)返信しました。
幸い、拍手コメントのところでは、多くの方が応援してくださったこともあり、
「これでよかったんだ」と胸を撫で下ろすことができました。

その件はそれで解決した、と思っていたのですが、
数日後、菊千代さんがこんな記事を書かれました。
キム・ヨナ告発記事は今後も書きます‥映画『ベルリン陥落1945』

このとき私は誰にも相談してなかったのに、
また、当の私が菊千代さんのその記事に気づかない可能性だってあるのに、
菊千代さんが知らないところで私のために援護射撃をしてくださっていたことを知り、
恐縮してしまう気持ちと、なんともいえない心強さを感じました。

ここまで長々と書いてしまいましたが、
そういういきさつがあり、菊千代さんは困った時に助けてくれる
スーパーマンのような存在として、今でも感謝しています。

ブログを続けてこられた理由。
菊千代さんだけではありません。

このブログを読んで下さる方、訪問して下さる方が絶えないこと。
そんなみなさんの存在が、何よりも大きな支えとなっています。

アンチと思われるコメントに悩まされた挙げ句、
コメント欄まで閉じてしまった私。

拍手の数で、「共感してもらえたのかなぁ」と心配する日々でしたが、
ある日、拍手してくださった方がコメントを残されてることに気づきました。

自分のブログなのに、あまり使い勝手がわかっていなくて、
拍手のところにコメントが入っていることに何ヶ月も気づかなかったんですよね(笑)

初めて拍手コメントを読んで、書いた記事です。
私信ですが、一言お礼を言わせてください。

拍手欄にコメントが入ってることに気づいてからも、
なんとなく批判コメントが入っていそうなときは、
怖くて何週間もコメントのチェックができないこともありました。

ようやくこわごわチェックした時に、思いも寄らない数のコメントが入っていて、
とても恐縮するとともに、なんともいえない感謝の気持ちが湧いてきたものでした。
私信です。拍手欄でのコメントに感激。ありがとうございます。

また、こんなこともありました。
日常的に入ってくる「とーりすがり」さんや「キム選手さえ絡めてこなけりゃ」というコメントに、
自分なりになんとか切り返してやっているつもりのときも、
コメント欄で応援の言葉をたくさんいただいて、その度に力に変えてくることができました。
みなさんの温かいコメントは、ここに残っています。
「キム選手さえ絡めてこなけりゃ」ということについて。
コ・ソンフィ資料「 キム・ヨナ仕損じても1等…他の人々より引き立って見えた部分は」

一ヶ月ブログをお休みしたこともありました。
そんな状態でも、たくさんのコメントをいただけたことも、嬉しい出来事でした。
しばらくお休みするかもしれません

それから、フィギュアスケートのブログであることを離れたところでも、
たまに自分の情けない人生をポロッとこぼしてしまうこともあるのですが、
そういうときにも、エールを送ってくださる方がいて、
お互い人間としてつながってるんだな、と実感することもありました。
お久しぶりです。やっとネットが繋がりました(^^)

そんな感じで、
フィギュアスケートブログに切り替えてからは、
アンチコメントが入るんだ、と悲しむこともあれば、
それでもなお背中を押してくださる方がいるんだ、ということも知り、
これまで続けることができたんだと思います。

思うんですが、
菊千代さんのような先輩ブロガーさんからの励ましや、
アンチで困っている時に応援してくださる皆様の声がなければ、
このブログは今の形にはなっていなかったのではないかと。

アンチに突っ込まれないように、あたりさわりのないことを書いて、
言いたいことも言えないまま、不完全燃焼のままで、
敵も味方も作らない無難なブログとして残る形もあったでしょう。

もしかしたらアンチの攻勢に堪えかねて、
フィギュアスケートブログを辞め、音楽ブログに戻っていた可能性もあります。

それにしても自分が今なぜこんなことを書いているんだろうとも思いますが(汗)
最近お騒がせしておきながら、いろいろなことを考えていて、
ちょっと気持ちを整理したかったのかも知れません。

私は菊千代さんの力もあってブログを続けられたという思いがありますが、
それはたまたま上でご紹介したとおり、よい出会い方をしたからだと思います。

最近自分が書いた記事が、思わぬ波紋を呼び、
ブログ村界隈でも「ブロガーとは何ぞや」という普段と違う流れになってしまいました。

菊千代さんについてマイナスの言葉を目にすることもあります。
あ~、そんな人じゃないのにな~、と、つい思ってしまうのですが、
それはもともと私は菊千代さんを知っているからであって、
初めて見た記事に好感が持てなければ、
その方にとってはそういうイメージになってしまうんだろうな…と。

ほんとになぜこんなことを書いているんでしょう、私。
最後どうやってまとめればいいのかもわかりませんが、
ここのところそういうことばかり考えているような状況です。



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  1. 2012/10/15(月) 21:34:43|
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