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「キム選手さえ絡めてこなけりゃ」ということについて。

先日、鍵つきコメントに、お名前のない方からいただいたメッセージです。


キム選手さえ絡めてこなけりゃ石ころさんのブログ好きなんですけどね。 
高トラの記事もとってもよかったです。


お名前がなく内緒でいただくコメントの中には、
耳の痛いものも少なからずあるのですが、
こちらのコメントは、また違った印象でした。

「そうだよな~」

と自分でも思ったりして(笑)
そこで改めて考えてみました。

「自分のブログに、何故これほどまでKYさんが登場するのか」

早い話が、KYさんがいなければフィギュアスケートブログさえ始めてなかったと思うのです。
当時は音楽ブログを書いてましたが、なんとなく半年ほどサボっている状態でした。

その頃に見たのが、この流れでした。
全日本選手権 → バンクーバー五輪 → トリノ世界選手権

もともとフィギュアスケートを見るのは好きでした。
といっても、テレビで放送していると、つい見てしまう。
録画していたら、つい何回も見てしまう、という程度です^^;
単純に、凄い!美しい!と思うだけでよかったのです。

ただ、自分から情報を探しにいくほどのめり込んではいませんでした。
点数や順位がおかしいとか、考える頭もないほどの素人ファンでした。

ところが、その2009年の全日本選手権からの流れを見ていて、
「あれ?なんかおかしいんじゃない?」
「浅田真央のトリプルアクセルって凄い技のはずなのに、こんなに簡単に破れるものなの?」
という素朴な疑問が芽生えたのです。初めて。

バンクーバーでトリプルアクセルを決めてノーミスで完璧な演技を見せた浅田真央選手。
得点も高い!本人も喜んでる!
よかった~!本人にとっても快心の演技だったんだろうな~。
この大舞台で実力を出せる浅田真央って、なんて凄い選手なんだろう!

そこまではよかったんです。
私も無邪気なライトファンのままでした。

直後のキムヨナの演技…ここも、まだよかったんです。
おお~~この人も凄い!真央ちゃんのあの演技のあとにノーミスでできるなんて!
さすが一流選手。精神力が半端ではない、と思いました。

問題は、得点が出た瞬間でした。

どちらも完璧。
でも浅田真央のトリプルアクセルは世界髄一。
キムヨナもよかったけど、浅田真央が勝つに決まってる!と信じて疑いませんでした。

ところが、完璧演技同士でガチで戦ったのに、
浅田真央がキムヨナに5点もの差をつけられて負けてしまった…

この頃私は採点の「さ」の字も知らないほどの素人でした。
スポーツは、より高い技術を競うもの。
同じ完璧な演技をしたら、より高い技を決めたほうが勝つと思っていたのです。

SPの5点差が、どうしても引っ掛かってしまいました。

そしてFS。
キムヨナはノーミス、浅田真央選手は目に見えるミスが出てしまった。
もちろん素人の私は、FSはキムヨナが勝ったな、と思いました。
そしてその通りキムヨナが勝ちました。

でも、どうしても気になるSPの5点差。
そして、総合得点の点差も気になってました。

キムヨナ 228.56
浅田真央 205.50

その差なんと 23.06

2位の浅田真央と3位のジョアニー・ロシェットとの点差は、わずか 2.68 なのに、です。

いくら浅田真央選手にミスがあったからとはいえ、
1位と2位でこんなに点差が開くものなのだろうか、
というのは本当に素朴な疑問としてありました。

一ヵ月後にはトリノで世界選手権がありました。
バンクーバーの興奮冷めやらぬうちに、という時期だったので、楽しみに見ました。

そこで見たのは、SP・FSとも完璧に揃えた浅田真央選手と、
対照的にSP・FSとも素人目にもボロボロで気の抜けた演技を見せたキムヨナ。

そこでキムヨナのあの演技でSP7位というのも「点数高すぎでは?」と気付いてましたが、
あのヨレヨレのFSで全選手中1位だった時点で、私も堪忍袋の尾が切れたというのでしょうか。

「いやこれ、どう考えても採点がおかしくないか?」

と思って、それからネットでいろいろと情報を探すようになり、今に至っている次第です。
ちなみに、最初に目に留まったのが、このサイトでした。
浅田真央が戦ってきたもの

このサイトは、たくさんのヒントをくれました。
私の探究心にも火がつき、ネットをさまよう日々が続きました。

そしたら、出るわ出るわの疑惑たち。
その内容については、日々の記事で書いているのでここでは取り上げませんが…

新しい疑惑を知るたびに、胸に溜まっていく悶々とした気持ち。
気がつくと在宅中はほとんどネットで疑惑を調べている自分がいました。

それで、自分なりに調べて知りえたことを、どこかに伝えることはできないか、
この悶々とした気持ちをなんとかしたい、と思ったときに、
自分にはブログがあることを思い出したのです。

終わったことをいつまでも、とか、
未だにキムヨナのことを話してるよ、とか、よく言われます(笑)

私は終わったこととは思いません。
少なくともバンクーバー五輪、トリノ世界選手権の採点は「何らかの力が働いている」と思うので、
正当な採点として歴史上に永遠に残ることは、いたたまれません。

また、「私はキムヨナファンなのか?」と思うほど現在もキムヨナを追いかけているのは、
彼女の起こす行動ひとつひとつが、バンクーバー以前からそうであったように、
裏の色んな組織(IOC・ISU・韓国の大統領・ハンナラ党=韓国与党・スポンサー・マスコミetc.)と繋がっているからです。

疑問が残ることは、疑問が解決されるまで繰り返し伝えていこうと思います。
まだ疑問に気付いていない人たちが、何かを気付くきっかけになるだけでもいいと思います。

所詮、ただの個人ブログなので、
テレビや新聞のような影響力もありません。

でも、一人でも何か感じてくれたら、という思いです。

率直に言うと、真央ちゃんファンだからブログを始めた、というわけでもないのです。

真央ちゃんが気になってテレビを見た。
そしたら何か、おかしなことに気付いてしまった。
おかしなことはおかしいと言いたいだけかもしれません。

おかしなことを調べるうちに、
真央ちゃんの凄さがわかった。
真央ちゃんの純粋さがわかった。
真央ちゃんの魅力を知ってしまった。

一点の汚れも見当たらず、
ひたすら自身の高みを目指す選手は応援したくなります。
何か不当な力が働いて不利益を被っているのであれば、守ってあげたくもなります。

それで、私のブログは、大好きな真央ちゃんのことと、
真央ちゃんを語る上で忘れてはいけないキムヨナのことが混在するのです。

キムヨナのことを思い出したくないから書かない、と思ったことはありません。
思い出したくなくても書かなければ、と思ってます。
(最近はフルネーム出すのも嫌で、KYと書いたりするほど拒否反応はあるのです)

皆が思い出したくないからとキムヨナについて書かなければ、キムヨナという存在は忘れられる。
イコール、キムヨナの銀河点も忘れられる。
イコール、キムヨナの銀河点が永遠に記録として残る。

それだけは許せないので、
これからもキムヨナについては書き続けるつもりです。

真央ちゃんは、228.56という得点について、こう言いました。
「でも、記録は記録なので、それを超えたい」

涙が出ます。
そんなありえない得点を目指すのは無謀です。

不正が働いて出た得点であれば、
不正が暴かれて抹消されるべきだと思ってます。

キムヨナの得点について納得されている方を否定するつもりはありません。
キムヨナ選手を応援するブログで楽しく応援されるのはいいですよね。

私はいろいろ調べてもなお納得できないので、このような内容になってしまいますが、
同じように疑問を抱かれる方の目に留まれば幸いです。

もしキムヨナの得点に世界中が納得していたとすれば、
こんな風刺画は存在しなかったと思います。

中国のコラムで使われた風刺画
おもしろコラ(中国記事挿絵)

北米(カナダかアメリカ)で使われた風刺画
おもしろコラ(海外記事挿絵)

228.56という得点に疑問を抱かない方には、
これらの風刺画のブラックジョークが理解できないかも知れません。
これらの風刺画を書いている人のことも「素人のくせに」と思われるのでしょう。
私は見た瞬間、「ナイス!」と思いました。

長々と書いてしまいましたが、
「キム選手さえ絡めてこなけりゃ」
ということについての答えになってますでしょうか。




真央ちゃんのブログがまたまた更新されました!
最近頻繁に更新してくれるようになったので、嬉しいです。

昨日テレビに生出演していたと思ったら、
今日はもうロシアの空の下(笑)

タラソワ先生にはもう会えたかな?

公式サイト Maoブログより

こんにちは
2012年5月30日(水)

4月に新横浜で行われたプリンスアイスワールドの時の写真です。
フィナーレの時にたくさんの方からプレゼンやお花、お手紙を頂きました。       
どうもありがとうございました!

次はTHE ICEです。
新しいエキシビジョンのプログラムを滑ります。
楽しみですね。

今はロシアにいます。
今年のフリーを作りに来ました。

Snap678000615.jpg


<追記>
昨日出演のZIPの動画を教えていただいたので、見逃した方はどうぞ!
教えてくださった方、動画主様、ありがとうございます。

2012 5 29 ZIP 浅田真央 Mao ASADA
(動画は削除されたため、リンクを外しました)

Snap678000625.jpg
Snap678000626.jpg
Snap678000627.jpg



それから、織田信成選手の記事があったのでご紹介します。

『会場の温かい声援がありがたくて。
滑り出してからは観客の前で演技する喜びがどんどんあふれてきて、心を込めて滑った。』

というところ、感動しました。
織田くんがいないシーズンは、やはり寂しかったので、
また一回り成長した演技を見せてくれると思うと楽しみです。


温かい声援が後押し けがからの復帰・織田信成
大阪日日新聞 2012年5月30日

 先シーズン途中から負傷治療に専念していた織田信成。その治療期間をどんな思いで過ごしてきたのか。新シーズンへの意気込みやスケートへの思いなど、復活に懸ける織田信成、織田憲子コーチ、松本整トレーナーにスポットを当て、5回にわたって紹介する。(ライター 黒尾順子)

 2011年11月にフランスで行われたエリック・ボンパール杯を最後に、織田信成はシーズンからの戦線離脱を余儀なくされた。左膝の腱(けん)部分断裂が原因だった。「エリックでは何もできなかったので心残り。しかし観客が自分を応援する声援に助けられた。いつも観客には励まされているので、それに応えるためにもまずは膝を治し、もう一回頑張りたいと思った」。フランスから戻った織田は医者を含めた関係者と話し合い、残りのシーズンを治療に充てることにした。

 軌跡と実績を考えると織田には取っておきたいメダルがある。群雄たちが覇を競い合う男子シングルで、休養することに対しての不安もあった。戦線を退くべきか、退かざるべきか。その決断を下すには葛藤があった。「スケートができないということがつらかった。安静にしなければならないという気持ちと、早く滑りたいという気持ちで消耗もした。それでも乗り越えられたのは周りの人の励ましやそばに居てくれる人の存在があったから」と振り返る。

 医者の許可を得て、再び氷の上に乗ったのが今年2月。「4月まではスケーティングだけ。最初の2週間は膝に負担を与えないように両足で滑ることから始めた。次に様子を見ながら右脚だけで滑り、最後にようやく左脚だけで滑った」

 スケーティングの再開は慎重に始められ、クロスカットができるようになるまでに1か月を要したという。「それでもまだまだ途中過程。スケーティング感覚はだいぶ戻ってきたが、ジャンプはまだ違和感がある」と、イメージ通りには体が動いていない。練習のほかにしておかなければならないこともある。「超音波、アイシング、マッサージ、ストレッチなど、膝の周りの筋肉を柔らかくするようなケア」も欠かせない。

 地道な練習と膝の治療を続けていた織田の元に、新たな目標が掲げられたのは3月だった。「田村岳斗先生に神戸チャリティー演技会(2012年4月)に出ないかと声を掛けられて。その時はまだ、ジャンプが跳べるか跳べないかという状態だった。それから短期間にトリプルが跳べるようになったので」と、演技会で滑ることを決めた。

 しかし、観客の前に久しぶりに出ることは大変な緊張を伴ったという。「直前まで、頭が真っ白になるくらい緊張し不安だった。でも、自分を迎えてくれた会場の温かい声援がありがたくて。滑り出してからは観客の前で演技する喜びがどんどんあふれてきて、心を込めて滑った。本当にスケートをしてきて良かったと感じました」

 休養を経て、スケートに対する気持ちに変化があった。「けがをする前は、できないことがあるといらついたりすることがあったが、今は滑れる、明日も練習できるというだけでありがたいと思うようになった」としみじみと話した。

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治療期間を振り返る織田信成(撮影・森田正美)





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  1. 2012/05/30(水) 19:17:27|
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